とてつもなく優秀な頭脳は、いつもいつも例外なく常に回転している。
 シミュレートすることは、下らない事から夜の仕事の作戦・暗号解析まで。
 日常に起こることさえもはじき出してしまうから、日々は常に味気ない。
 だって、何が起こるのかわかっていて、それにどういう反応をすればいいのかもわかってしまうから。
 ああ、つまらない。





「任務完了」

 くいっと手を翻しながら口に出す。
 本当ならばいろいろと確認することもあるのだろうけれど、そんなことは戦闘中に終わらせている。
 とはいっても、それは一分にも満たない時間だった。
 久々に相棒である暁日ことナルトとは別の任務で。
 手裏剣を飛ばすことも千本やクナイを投げることも億劫で、愛用している扇子を使うことも無く。
 昔はよく使っていた鋼糸だけで標的全てを一気にバラバラにした。
 というか、細切れのミンチ。
 かろうじて、「人だった……か?」と言えるくらいバラバラ。
 腕を少し動かすだけで済むんだから、楽だ。
 シカマルは小さく息を吐き、もう一度手を翻して、手早く鋼糸を回収する。
 それをホルダーの中に突っ込んで、狼の面を外した。
 おろしてある髪の毛先が露になった頬をくすぐる。
 さらさらとなびく髪を鬱陶しげに掻き揚げて、ちらりとミンチ(…)の山に視線をやった。
 その瞬間、ミンチの山には蒼い炎が小さな姿をちらつかせ、一気に燃え上がった。

「めんどくせー……」

 いつものように小さく呟いて、木々の隙間、木の葉の隙間から覗く夜空を見上げた。
 星は太陽という絶対的な存在が隠れたことでキラキラと輝き。
 月は皓々と、青白い光で暗闇を照らしている。
 それをただただ『そこにある事』として受け入れる。
 頭の中を空っぽにして、ただ、受け入れるのだ。

 ふわりと風が吹き、木の葉を揺らす。
 サァ……と葉音が鳴り、シカマルはゆっくりと数度瞬いた。
 立っていた木の枝に腰を下ろし、幹に身体を預ける。
 木々が放つ、命の力に満ちたのチャクラを背中で感じ取って、すっと瞳を閉じた。

 ときどき、死にたいわけではないのだが、このまま夜や闇や自然の中に溶け込めてしまえたならば、どれほど楽だろうと考える。
 きっと、今のように必要なことも余計なことも、考えなくて良くなるだろう。
 そこに存在するものを、そのものとして、ただただ己の中に受け入れる。
 何事をも思うことなく。
 考えることも無く。
 全てを穏やかに受け入れて、己を己と意識することなく、ただ眺めるのだ。
 ああ、それはなんて、魅力的なのだろう。
 この無駄に回る頭脳に振り回されずに済むのだ。

 けれどシカマルは、それでは大切なものは守れないということを知っていた。
 自然の中に溶け込んでしまえば、自我という檻の中からは解き放たれるだろう。
 だが、大切な者を――あいつを守る腕は無く。
 あいつを助けるための頭脳も無く。
 包み込むための温もりも無く。
 ……それでは、駄目なのだ。

 だからシカマルはそこで思考を断ち切る。
 また下らない事に頭を使っていたことに気づいて、苦笑を零した。
 どうやら自分は『考える』という頭を使う行為から、絶対に離れることができないらしい、と。
 そんなことでは、例え自然の中に溶け込めたとして、結果は同じだろう。
 逆に、あいつを守るための身体をなくしたことを悔やむだけだ。
 ならば、自分の存在はこれで、この姿で、身体で、合っているのだろう。

 時折自分が酷く間違った存在のように思える少年は、細く長く息を吐いた。
 もう一度、夜空を見上げる。
 今度は意識的に、薄らと金色の光を放つ月を見て、ゆるりと笑みを浮かべた。
 穏やかで、ただ、愛しくて仕方がないというような笑みを。

「      」

 唇を小さく動かして、声無き言葉をつむいだ。
 そして、すっと表情をこそぎ落とす。
 身に纏う空気も柔らかなものから隙の無いそれに瞬時に変え。
 唯一変わらなかった透明感を隠すかのように、狼の面を再び身につけ。
 任務終了跡地に何の痕跡も残っていないことを確認すると、まるで夜に溶け込むかのように瞬身した。
 帰ったら大事なあの子の小さな身体を抱きしめて。
 ただいま、と言おうと心に決めて。




 シカマル50の萌命題 14:とける




っていうか私がとけたい……。