こくり、こくりと、頭が揺れる。数度繰り返すたびにはっと目を見開いて小さく頭を振って眠気を飛ばそうとするものの、また少しするとこくりこくりと頭が揺れ始める。眉間にしわを寄せて、にらみつけるように手元を見下ろすが、やはり朦朧とするのかなかなかペンを持つ手は動かない。
 そんな様子が珍事といっても過言ではないほどに珍しく、眠気を覚まそうとするさまがなんだか可愛らしいなぁとほわわんと癒されながらも、この人がこんな風になるなんて、どれだけ寝てないのだろうかと、自身も一応仮眠を取りつつも絶賛徹夜記録更新中の身でありながら心配した。それは仲間たちも同じらしく、ちらちらと今にも眠りそうな長の方を気にしてほわんとどこか癒されたような、心配そうな顔をしていた。
 誰か長に声かけろよ。そんな意味を含んだ視線が室内を飛び交う。何度かたらいまわしにされたその視線は、結局一番下っ端の男の下で落ち着き、副長がやればいいのに、と解部の長その人に声をかけるというその行為に若干気後れしつつ、恐る恐る口を開いた。

「あのー、長」
 こくりこくりと頭が揺れる。返事はない。
 長が声をかけられても気づかないなんて……! と、室内に若干戦慄が走る。そこまでお疲れなんですか長っ、と声にならない声が室内に響いたような気がした。
 男はごくり、とつばを飲み込んでもう一度声をかける。

「長っ」
「んあっ?」

 間の抜けた声とともに、長が顔を上げる。ぼんやりとした瞳がふらふらと視線をさまよわせ、意識が飛んでいたことを知ると、指先で目頭を揉んで小さくうなった。

「あ゛ー……わりぃ」
「いえ……。あの、長、何日寝てないんですか? そんなに眠そうな長、俺初めて見たんですけど」
「んー……一ヶ月、くらい?」
「か、仮眠は……」
「……できて一時間?」

 それは眠れていない日もあるということで。常日頃睡眠を愛してやまないと言って憚らない長が、一ヶ月も眠れていない。というよりも、何でそんなに眠れていないのだろうか。解部にだって、ちょっと忙しい今の現状でも一日三時間は睡眠が取れるというのに。

「今、そんなに忙しかったっけ?」
「ばっか、お前、長は暗部も兼任してるんだぞ」
「そうよ。そういえば医療部と戦略部とかにも顔を出していらっしゃったわね」
「諜報部もだよね」
「……長、まさかこの現状でもその全部に行ってる、なんてことは」
「……行きたくて行ってるわけじゃねーよ。睡眠取ろうとする度にタイミングよく邪魔されてんだよ」

 暗部は仕方ないにしても、行ってるのか……!
 心底疲れたような顔をしてミミズがのたくったような字の解読不能な紙に目を落とし、ため息をつきながらもその紙を丸めてゴミ箱へと捨てる。既に同じように捨てられた紙がゴミ箱いっぱいに山を作っており、その頂上にぽすんと当たった紙は二、三個仲間を引き連れて床へと転がり落ちた。
 しばらく呆然と多忙という言葉が陳腐に聞こえるほどの長の現状にぽかんと口を開けていた解部の面々は、それを合図にしたかのようにがたりと席から立ち上がり、ばたばたと動き出した。

「お、長、今すぐ仮眠室に行って寝てください! むしろ爆睡してください!」
「そんな暇……」
「人間寝ないと死ぬんですよぅっ!」

 珍しくも長の言葉を遮って、彼を仮眠室に押し込もうとしている男が悲痛な叫び声をあげる。普段であれば自分たちも頑張ってるんだから長も頑張ってくれと言うところだが、今はそれどころではない。今寝かさないとこの人本当に死ぬかもしれない。

「俺戦略部行ってくる」
「僕は諜報部。あそこの長に貸しがあるんだよね」
「医療部は私が」
「私は火影様のところに行ってくるわ」

 ぐいぐいと下っ端の男に立たされ仮眠室へと押されていく間に、部下たちの一部は黒いオーラをまとって外出の用意をしている。その手には怪しげな色の薬やら巻物やら起爆符つきのクナイやらなんやらと、いろいろな物騒なものが治まっていた。それ以外の部員たちは、彼らや長の机の上にある暗号の山の一部を自分の山の上へと加えている。
 そんな彼らをぼーっと見ていてると、くるりと振り返って。

「「「「それじゃ、長、行ってきます!」」」」

 行ってきますが締めてきますに聞こえ、挨拶をされた方はひくりと口元を引きつらせる。けれども、非常に、ひっじょーに疲れていたので、寝ていいのならまぁいいかと早々に同情の心を撤回してこくりとうなづいた。

「おう。ほどほどにな」
「えー……」
「はーい」
「頭と右腕だけは残しておきまーす」
「まぁ、そこそこに。うふふふふ、覚悟してくださいね、火影様」

 どこかうきうきとした様子で室内から四人が出て行く。彼らは戦闘能力だけでいえば低いのだが、その分ものすごく頭が働くので、きっと性質の悪い仕返しをしでかしてくれるだろう。
 彼らを見送り、ぱたりと扉が閉まると、長こと悧咲(りしょう)と名乗っているシカマルはことりと首をかしげた。

「……俺って愛されてる?」
「大好きです」

 室内にいた全員に真顔で言い切られた。

「どーも」

 若干目じりを染めつつも頭をかいて、ふらふらとした足取りで仮眠室の中へと入っていった。照れていたことをしっかりと把握していた部下はというと。

「長って時々可愛らしいですよね」

 思わず、といったふうにこぼされた下っ端の男につぶやきに、深々と頷いたのだった。



 シカマル50の萌命題 01 : 居眠り