10: いつかの約束
パチン。
パチン。
少しの間を空けて、ハサミが緑色の茎に入れられる音が小さく響く。
腕に抱えた薔薇の花束の中に切り取ったものを加えて、アルバフィカは慈愛の篭った柔らかな笑みを浮かべた。
穏やかでありながらも浮き立つような小宇宙に、彼に改良された薔薇たちはさわさわと葉を揺らし、花弁の中心から芳香を立ち上らせる。
いつになくご機嫌な双魚宮の主の様子に、彼の宮を通る仲間は最初は怪訝な顔をするもののそう言えば、とその理由に思い至ると同じように機嫌のいい笑みを浮かべ、彼の従者はほっと胸を撫で下ろした。
最近の魚座と来たら何をしていても気がそぞろで、心ここにあらずの状態だったのである。食事を取る量も、日が経つごとに少しずつ減っていき、このままでは何も食べなくなるのではないかと気が気ではなかった。
「双魚宮様、どの花瓶を取ってまいりましょうか?」
「そうだね……うん、あれがいいな。この前、ランティスが贈ってくださった」
「すぐに用意いたします」
「頼んだよ」
「御意」
弾んだ声が、明るい音楽のように紡がれる。
何だかこちらまで楽しくなってきそうだ。
いそいそと、双魚宮従者は白羊宮の主に頂いた繊細で優美な装飾が施された花瓶を取りに行く。柔らかな布に包まれたそれをそっと取り出して薔薇園へ取って返そうとしたところで、長い黒髪を風に遊ばせた麗人の姿を視界に見つけ、彼は顔をほころばせて深く頭を下げた。
「ただいま、カクタス」
「お帰りなさいませ、人馬宮様」
「フィーは?」
「薔薇園にいらっしゃいます。首を長くしてお待ちですよ」
「そうか」
笑いを含んだ声が、カクタスの頭上から降る。数ヶ月ぶりに聞こえた声は以前のものと変わらず、張りのある穏やかなものだった。
淡い紫色に染められたヒマティオンを翻して薔薇園へ向かうを見送り、カクタスはお茶の用意を始める。しばらくは、二人だけの方がいいだろうから。
「アルバフィカ」
力強い小宇宙の持ち主が、張りのある声で彼を呼ばう。
久しぶりに聞く声に心臓が一度大きく跳ね、それに促されるようにして振り向いた。
長い濡羽色の髪を風に吹きさらし、仮面を片手に口角を吊り上げる男前な笑みを浮かべる、きれいな人。
反射的に怪我が無いかどうか視線を走らせて確認し、どこにも異常が無さそうな事に胸を撫で下ろす。そんな自分に気付き一瞬苦笑を浮かべてしまったが、すぐにそれは柔らかな笑みへと変わった。
「おかえり、」
「ただいま、フィー」
「遅いよ」
「悪い。でも、そいつの開花には間に合っただろう」
約束は守った。
胸を張る、どこまでも彼女らしい彼女に、脹れて見せていたアルバフィカは抑えきれずに大輪の花のような笑みを浮かべた。
全く変わっていないが、とても愛しく思えた。
「そうだね」
彼女をイメージして作り出した薔薇の花束を抱えなおした。
アルバフィカは空いている方の手をおずおずと伸ばし、は苦笑しながら大人しくその腕の中に納まる。
互いのぬくもりに知らず知らずのうちに安堵して、二人そっと頬を寄せ合い笑みを浮かべた。
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任務か何かで長い間(当社比)聖域を離れていたと、薔薇を育てながら待ち続けていたアルバフィカ。(既に出来上がっている状態)
精神的に受け攻め逆転してるのはもうデフォルトです。
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