09: 意識下



「う〜ん……」

 絶世の美貌を歪め、アフロディーテはなにやら考え込みながら唸り声を上げる。
 それを隣で聞いていたデスマスクは、また下らない事を考えているのだろうと見当をつけながらも、ティーカップをソーサーにおいて恋人に向き直った。

「どうした、ディテ」
「あれ」

 ぴっと、白魚のような指が先程からずっと視線を向けていた方向をさす。
 デスマスクが指の先を辿って行き着いた場所にはいつもの光景があり、何を唸る必要があると怪訝な顔をする。
 本当になんてことはない。このシエスタの時間帯、ラグの上で、小さな二人の子供達が額を寄せ合い、無邪気な――目の前の親馬鹿――師匠馬鹿――に言わせれば天使の――寝顔をさらして、くうくうと幸せそうな寝息を立てているだけである。

「ガキどもがどうした」
「悶え死に出来そうなくらい可愛い」
「そら何時もの事だろうが、お前の場合」

 確かに可愛いのだが。
 あそこまで小さな子供はいくらこの聖域でもあの二人と今は修行で闘技場にいるフーガくらいだ。実のところ、十二宮に住む全員が猫可愛がりしていたりする。
 今現在ぐっすり眠っているのも、午前中に周囲に構い倒されて疲れたからと言うのが理由だったり。
 ちなみに、アフロディーテの言葉を否定するでもなく受け入れている時点で、デスマスクも立派な親馬鹿なのだが、悲しいかな本人は全く気付いていなかったりする。

「それはそうなんだけど、まぁ置いておくとして」
「なら最初から本題に入れ」
「可愛い子たちを可愛いと言って何が悪い」
「悪くねーがな。で」
「あれ」
「あれ?」
「手だよ、アルバフィカの」

 アルバフィカの手。
 ぴたりと寄り添う二人の中から、言われたものを探す。
 程なくしてそれを見つけて、思わずああと納得してしまった。
 デスマスクたちからしたら小さすぎるくらいの掌が、死んでも離すものかと言わんばかりにぎゅむりとの手と服を握っている。
 かなり力が入っているのがデスマスクの位置からも見て取る事が出来、あれでは痛いのではなかろうかと眉間に皺を寄せた。

「痛そうだな」
「ああ、それは前に聞いてみたが大丈夫らしい。そうじゃなくて。あれって意識しての事だと思う?」
「そういうことか……無意識なんじゃねぇか、今は」
「やっぱり?」
「もう少し成長したら、さすがに自覚するんだろうが……」
「だよねぇ……」

 深々とため息をつき、テーブルに伏せる。
 その勢いのよさに、デスマスクがアフロディーテの前から非難させたもの以外のカップが、がちゃりと音を立てて跳ねた。
 幸い、中身はほとんど入っていなかったのでテーブルが汚れる事は無かったが。
 伏せてしまっているのでどんな表情をしているのかはわからないが、どうせ「私の可愛いが嫁に行っちゃう〜」とかなんとか思っているに違いない。随分飛躍して。
 いい加減長い付き合いで彼の思考パターンが読めてしまっているデスマスクは、深々とため息をつきながらもその薄葡萄の髪をぽんぽんと撫でた。

「悪い虫がつかないだけいいと思え」
「う〜〜〜」
「最初にをあてがった時点で手遅れだ」
「うぅ〜〜〜〜」
「それとも邪魔するか?」
「……しない。は可愛いけど、私はアルバフィカも可愛い」
「ならほっとけ。本人達の問題だ」
「うん……」

 わしわしと髪をかき混ぜる手をはしっと掴み、アフロディーテはその手を握り締める。
 そして小さな声で、呟いた。

「あの子達は、幸せに、なれるかな……この、場所で……」

 それは大丈夫だろう。
 やけにタフな、現在黄金の中で紅一点の少女を思い浮かべて、デスマスクは胸の中だけで太鼓判を押した。