08: 君の光、僕の闇



 はぁ……。
 大きなため息が、淡く色づいた花びらのような唇からもれる。
 嫌味がましく周囲に聞こえるように紡ぎ出されたものであったのだが、本人の意図とは異なり、全く聞きとめられる事はなかった。
 その事実に気付いていてさえも、アルバフィカは大きなため息を繰り返し、テーブルの上に突っ伏す。
 フーガはそんな少年の様子に苦笑を浮かべ、ついと視線を正面へと向けた。
 テーブルを挟んだ向こう側では、宝瓶宮の主エリアーデとが喜々として何着ものドレスを床へと広げていた。
 その種類と色の何と多彩なこと。今すぐに店でも開けそうな勢いである。

「やっぱり白だと思います」
「そうね! でも、こっちのブルーもいいと思わない?」
「ああ、本当ですね。でもデザインがちょっと……」
「んー…あらやだ、本当だわ。他に同じ色のは……これじゃあ胸が開きすぎよねぇ」
「あ、これはどうですか」
「きゃーっ、素敵! いいの見つけたわねお嬢さん!! あなたもこれお揃いで着てみない?」
「遠慮します」

 瞳をキラキラと輝かせるエリアーデに、一緒にドレスを選別していたも流石に顔を引きつらせて首を横に振る。
 一連のやり取りを眺めていたフーガは、エリアーデが持つ色違いのお揃いのドレスに、確かに二人に似合いそうだと密かに首肯した。
 彼女は断っているが、今度宝瓶宮の主と結託して着せてやろうと心に決める。ごてごてした感じのドレスが多い中、が見つけエリアーデが絶賛したそれはシンプルで美しいものだった。きっと二人に似合うに違いない。

「私は嫌だと言っているのに……」

 ぼそりと、隣から気落ちした声が聞こえた。
 フーガは勿論の事、エリアーデもも聞こえていないはずがないのだが、やっぱり彼の声は無視される。
 今度こそ、私に味方はいないのだと、アルバフィカは不貞腐れてしまった。フーガはただ苦笑を浮かべるしかない。
 今現在、彼らは宝瓶宮にてアルバフィカに着せるドレスを選んでいる最中であった。
 エリアーデの宮にドレスが大量に置かれている事は既に周知の事実だが、こんな事態に発展したのはが、「これフィーに似合いそうだな」と一着のドレスを目にして呟き、エリアーデがそれに目を輝かせたからだった。
 最初はちょっとした罪悪感に顔を引きつらせていただったが、すぐに意識を切り替え率先してドレスを選び始めた。
 もちろんアルバフィカは嫌がって、彼らがドレスに集中している間に逃げ出そうとしたのだが、その気配をいち早く察したがフーガにアルバフィカ捕獲を命じあえなく御用。フーガに監視される哀れなる捕虜と相成ったのである。
 ちなみに、は面白がって、アルバフィカが女装するならと男性用の礼服に身を包んでいた。もともと中性的な顔立ちと雰囲気を持つ彼女である。嫌味なくらい似合っていた。
 それでもやっぱりドレスだよなぁとフーガは胸中でもらす。
 恨みがましそうなアルバフィカの視線を横顔に受けながら、再び正面に目を向けると、彼に着せるドレスが決まったのか上機嫌で笑みを浮かべた女性陣(?)が、それぞれ一着ずつドレスを手に持ってこちらを向いていた。
 アルバフィカの顔が面白いくらい悲痛な色に染まった。

「いってらっしゃ〜い」

 満面の笑みで送り出すフーガ。
 アルバフィカはぎっと彼を睨むが、もはや逃げ場はなく、二匹の狼が待ち受けるドレスの海原へのろのろと歩いて行く。
 そしてもみくちゃにされるアルバフィカと、楽しんでいる事が丸わかりの二人をにこにこと見守った。
 人の不幸は蜜の味、というわけではないが、こういった災難は他人事だからこそ無責任に楽しめるのである。






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 たぶん14、5歳くらいの頃の話。
 題名はアルバフィカ視点で。