Smile,Smile,Smile!



 にこり。

「……」

 何だか違う。
 もっとこう、頬の筋肉を上げて。

「……」

 これもまた違う。
 なかなか理想通りには行かないものだ。
 はじめてから随分たつというのに一向に結果を得られず、流石に疲れてきたパーンは、思わず目の前にある鏡を睨みつけた。
 厳めしい顔つきがさらにその印象を厳しいものへと変える。鏡の中の己が射殺さんばかりの視線で以って自分自身を見ていることに気付いたパーンは、慌てて眉間に寄った皺をほぐし、再度挑戦してみる。
 しかし、凝り固まった頑固な頬の筋肉はぴくりとしか動いてくれず、深々とため息を吐く。
 今日はもうやめておこう。顔が痛い。
 何度練習しても全くと言っても過言ではないほど収得できない笑顔に、パーンはもしかしたら今までで一番きつい修行かもしれない、と心底思った。
 どこまでも表情の固い己を、口元を引き結んで見つめる。と、背後で「ぶほっ」と何かを噴出すような音が聞こえた。

「!?」

 一瞬ビクリと背を震わせ光速で振り返ると、桃花色の巻き毛の持ち主が真っ赤な顔をしてた。その右手は口元をしっかりと覆い、左手は柱に縋ってぷるぷると震えている。
 一番厄介な奴に見られたと、パーンは羞恥で頬を引きつらせ拳を固く握った。
 その間にも、ピンクの巻き毛は全身を震わせながらずるずると床に崩れ落ちていく。

「…ご、ごめ……へへっ……み、見るつも…ひくっ……ははっは……んぐっ」

 指の隙間から零れ落ちる言葉はくぐもっていて、その笑いを殺しきれていない。
 パーンは苦りきった顔を明後日の方向へとそらし、「笑いたければ笑え」と言い捨てた。
 瞬間。


「あっはははははははははははっ!!!」


 もう堪えきれないとばかりに、エリアーデのバカ笑いが磨羯宮に響き渡った。







「ふ、ふふ…ほ、ほんっとうにごめんなさい!」
「誠意が感じられん」

 ゆうに十分ほど笑い続けたエリアーデはそれでもまだ笑いの虫が収まらないのか、笑みの形に歪みかけた顔で謝罪を述べた。
 表情もそうだが声もまだ震えており、パーンの言う通り、全く持ってそこに誠意の存在を感じ取る事は出来ない。
 しかしその気持ちはやっている自分も、嫌ではあるが理解できてしまうがために、語調はそれほどきついものにはならなかった。らしくない事をしている自覚は充分にあった。

「だってあんた、この前までのあんたなら絶対にしないような事してるんですもの……ぶはっ!」

 だめだ、思い出したらまた笑いが……!
 痙攣しそうになる腹筋を抱えながらも、エリアーデはぶり返した笑いの発作にソファに突っ伏す。
 笑いたければ笑えばいいと言っていた手前、それを最初は大人しく聞いていたパーンも、それが五分も続くとさすがに腹が立ち始める。
 そうして終には、高めた小宇宙と共にゆらりと手刀の形をとった右腕を振り上げ、次の瞬間。


――ドゴオォォォンッ……!


 真空の刃が天井すら突き破って、磨羯宮の中に長く深い断層を作った。
 直後、教皇に大目玉を食らった事は言うまでもない。




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 笑顔の練習をして笑われる山羊さん。
 笑って危うく黄泉比良坂への片道切符を拒否権なしで渡されかけた水瓶さん。
 そして一番の被害者は磨羯宮。
 ちなみに従者は山羊さんが笑顔の練習をし始めた時から己の部屋に避難するようになったので、上記にはいません。
 なんでって、そらもちろん笑いをこらえるため。彼は最初ポーカーフェイスで頑張っていましたが、身体がぷるぷる震えてきてやっぱりダメだったようです。