陽だまりの猫と百獣の王
暇だ。
とてつもなく暇だ。
四つの頃――言わずもがなこちらでの年齢だ――にアルバフィカとフーガが聖域に連れてこられてからこっち、ずっとと言っても過言ではないほど彼らと、もしくは二人の内のどちらかと一緒にいたため、一人で行動するなど本当に久しい事だった。
二人でいれば穏やかに時は過ぎ、三人寄れば何かしら面白い事が起きたり起こしたり。
毎日修行やら座学の間にそれなりに面白おかしく過ごしているために、は今唐突に出来た一人の時間というものを持て余していた。
今日一日どう過ごすべきか。
それほど重要な事項でもないのでぼんやりと考えながら、とことこと階段を下りていくと少し先にミッドナイトブルーの長い三つ編が、腰の辺りでひょこひょこと揺れていた。
見覚えのある後ろ姿にふと宮を見上げてみると、そこには獅子宮のマークが。
どうやらもう第五宮まで降りてきていたらしいと少しばかり驚き、即座に気分を切り替えて、視線の先の人物にターゲットロックオンした。
「アスラン様!」
マッハで駆け寄り、彼の横で足を止める。
薄く立った砂埃に少し顔をしかめながら青年を見上げると、柔らかな茜色がおっとりと細められた。
「やあ、」
「こんにちは、アスラン様」
「こんにちは。今日は一人かい、珍しいね」
「ええ、本当に」
ほわほわと周囲にデフォルメした花を飛ばしてそうな笑みを浮かべる青年と肩を並べて、十二宮を降りる。
とはいっても、50センチ近く身長差があるため、の肩は彼の腰辺りにあるのだが。
「はこれから闘技場へ行くのかい?」
「いえ、特にこれと言った予定はありません」
「そうか。私はこれから闘技場へ行って身体を動かしてこようと思うのだが、君もどうかな」
いつもよりも三割り増しの笑顔だ。
このアスランと言う青年は柔らかな雰囲気を持った良い意味での優男だが、見た目を裏切りかなり好戦的で、身体を動かす事が大好きと来ている。
デスクワークは出来るのに嫌いで、さぼって教皇から怒られる姿を何度か見たことがあった。
そういえば、つい最近も書類仕事を溜めに溜めて、教皇から「全部片付けるまで外出禁止じゃ!」とか言われて教皇の間に缶詰にされていたっけ。もう何回も同じ事を繰り返していると言うのに、懲りない御仁である。
その反動なんだろうなぁと、キラキラと輝く茜色の瞳を見上げ、仮面の下で苦笑しながらも一つ頷いた。
「ご一緒させていただきます」
「ふふ、と共に闘技場へ行くのは久しぶりだから楽しみだな」
「お手柔らかにお願いします」
「わかってるよ」
上機嫌に首肯する獅子座の黄金聖闘士に、本当だろうかと一抹の不安を覚えてしまっただった。
「ぅおりゃあああああ!!!」
「何のぉっ!!!」
光が走り、観客席が壊れ、大地にクレーターが作られる。
叫び声が聞こえてはくるが、そのタイミングが動きより一歩も二歩も遅いため、アテレコしそこなった動画のようだ、とほとんどの者が闘技場を逃げ出した中一人残って観戦していたは思った。
今光速の動きで戦っているのは、を闘技場に誘ったアスランと、一足先に闘技場で白銀や青銅といった聖闘士やその候補生の指導をしていた牡牛座の聖闘士アルデバランである。
彼らは一通りを含めた他の者達の修行を見ると、どういう話の運びでか対戦する事になったのだ。
それは結構よくあることらしく、彼らの指導を受けていたほとんどの者達が観戦したいと駄々を捏ねる命知らずたちを引きずって、手際良く引き上げて行っていた。
こりゃ確かに逃げなきゃ危ねーわ。自分の周囲を小宇宙で覆って飛来してくる瓦礫や岩の破片から身を守りつつ思う。
おそらく、ではあるがあの二人、既に周囲の事など頭に入っていないのではないだろうか。
アルデバランは違うかもしれないが、アスランの方は完全に意識が戦闘モードに移行している。陽だまりの猫のような小宇宙と雰囲気が、血に飢えた百獣の王のそれに変わっているのだ。
戦闘中と普段のギャップの凄まじさに、最初は絶句したものだったが、そういえば獅子座の聖闘士だったけあの人、と妙に納得してしまった。
彼のそんな一面を見て以来、もう一人普段と戦闘時とのギャップが著しい蠍座の聖闘士はまだかわいい方だと思えた。あれはとりあえず従者以外に害はない。ルヴィオラの事は別として。
それにスーラのあの変わりようは予想できても、あの普段超がつくほど穏やかで周囲に花を飛ばしてそうな人が、あんな熱血漢に変貌するだなんて誰が想像できようか。(反語)
まぁ、もう慣れたが。
生温い笑みと視線で、派手な音を立ててぶつかり合う黄金二人を見守る。
まだまだ終わりそうもない。
頼むから千日戦争にはなってくれるなよ、と祈りながら空を仰ぎ嘆息する。
見上げた空は目にしみるほど青く澄んでいた。
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