教皇猊下の華麗なる野望〜次期教皇育成計画その陸〜


 トコトコトコ。
 ぺたぺたぺたぺた。
 スタスタスタ。
 ぱたぱたぱたぱた。

「可愛らしい……」

 仕事をこなしながらも、彼らの様子をずっと見ていた誰かが、その場にいるほぼ全員の心情を代弁するように口にした。
 本当に小さな、仕事の支持に埋もれるような大きさの声であるにもかかわらず、その言葉はやけにはっきりと響き、室内の人間は誰もがそれに同意する。
 話題の、そして多くの視線が集中する中にいるのは、射手座の候補生と、数ヶ月前に聖域に迎えられ師によってアルバフィカと名づけられた魚座の候補生その人だ。
 当然は先ほどの呟きをしっかりとその耳で拾っているのだが、その感想に関しては五割方同意し納得しているので、特に文句も無かった。
 この日はいつものように教皇に貸し出され、本人の意向を総無視した次期教皇としての教育を受けさせられていた。
 一応無駄と思っていながら一度はその事を教皇に対し抗議したのだが、案の定次の瞬間には無かった事にされた。
 やっぱりと思いつつ、やられっぱなしは性に合わないので、軽〜く報復はさせてもらったが。(手腕の方はレベルアップする一方だ)
 まぁ、それはここ一年近くでいつもの事となった風景だ。聡い神官の中には、執務室の中に幼子を入れて仕事を手伝わせている教皇の意図に気付いたものもいる。
 そういうものに限ってよからぬ事を考えるものが多いのだが、が執務室に出入りするようになってから、そういう埃にまみれた人間が彼女のストレス発散の標的となり排除されていくという事もあって、腹黒いところは無く、仕事のできる有能な者ばかりが集まるようになった。
 そしてその一部の賢明な者たちは、口をつぐみ温かく見守るという今の体勢に落ち着いているのである。
 しかし今彼らは、普段よりも熱の篭った眼差しで、いつもとは違う光景をそれはもう熱心に見詰めていた。
 今日この日、将来超有望な少女は、弟弟子を連れてこの教皇の間にある執務室に来ている。
 小さな少女の後を、これまた小さな少年が懸命に付いて回る様はまるでカルガモの親子のようで大変愛らしく、善良なる神官の皆様方にまたとないときめきを与えていた。
 特に、小さな身体なのに大股で颯爽と歩むを、小さな歩幅と足で石畳を蹴って追いかけるその効果音が絶妙だ。
 最近やっと肉のついてきたアルバフィカの容姿も相俟って、何だかずっと見ていたい様な気持ちにさせる。
 それはどうやら教皇も同じなようで、仮面の奥で好々爺の如く顔をほころばせて小さなカルガモ達を見つめていた。

「教皇、これ最優先でお願いします」
「おねがいします」

 が三センチほどの、アルバフィカが一センチほどの書類の束を持って教皇を見上げる。
 その書類の多さに顔をしかめ、の流暢なギリシャ語とアルバフィカのたどたどしいそれに笑みを浮かべるなどという忙しなさでくるくると表情を変えながら、教皇は了承の言葉と共にすぐそれに取りかかった。
 はそれを横目で見ながらも、またすぐ己の仕事に向かう。書類を斜めに読んで、最重要と思われるものを傍らに立つアルバフィカに渡していく。
 アルバフィカはまだ字を読めないが、の手伝いという自分にもできる仕事をもらっているため、最初に浮かんでいた硬い表情も消え去り、ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべていた。
 その笑みは大変子供らしく素直なもので、日々巨大な猫と建前で生きている大人(含む)にとっては良い潤いとなり、心が洗われるような思いを抱かせる。

「ねぇはいつもこんなことしてるの?」
「いつもじゃねえけど、たまに」
「すごいね、。ぼくもはやくじがよめるようになって、のおてつだいするね」

 無邪気な笑みに、教皇の下らん陰謀に巻き込まれかねんからやめろと言葉にする事も出来ず、諦めきった笑みを浮かべて、とりあえず激励の言葉を口にしておいた。

「まぁ、頑張れば?」
「うん!」

 複雑なの心中をまるで知らないアルバフィカは、元気一杯に頷く。
 ここに連れてこられて時とはえらい違いだと一人ごちつつ、教皇の口元に意味深なのかただの歓喜なのかわからない笑みを見つけてしまい、仮面を盾に深々とため息をつくのだった。