教皇猊下の華麗なる野望〜次期教皇育成計画その伍〜


、これ着て! あ、あとこれも。それにショールと手袋と……」

 ぶつぶつと呟きながらに厚着させる師に、この日何度目になるかわからないため息をついた。もちろん、抵抗する気力などとっくの昔に果てており、着せ替え人形よろしくされるがままだ。
 教皇がを双魚宮から連れ出している事がこの美貌の師にばれてから、もうかなり経つ。あれ以来何度か二人の間に火花が散り、あわや千日戦争かというところまで行く事があったりしたのだが、いつの間にかそれも鳴りを潜め、代わりに師公認で教皇の元へ行くことになっていた。時折、というか、かなりの確立で師もについてくるのだが。
 どうやら二人の間で何らかの取り決めか取引が行われたらしい。
 師の任務数も通常のものへと戻り、離れていた間の分を取り戻そうとするかのように、暇な時はにくっついていた。
 おかげでストレスが溜まる溜まる。
 その発散の為に、叩けばほこりの出てくる神官何名かが尊い犠牲となっているのだが、ほどよいお掃除になっているらしく教皇のご機嫌が向上する事はあっても叱られる事は無かった。
 良い事すると気持ちがいいよねと笑うに、聖域では比較的まともな部類に入る巨蟹宮の主が顔を引きつらせ、「ほどほどにしておけよ」と棘にもならない釘を刺してはいたが、害虫退治は概ね好評且つ絶好調だ。
 それはさておき、本日は恒例となった貸出日だった。必死こいて弟子のお出かけ準備をしている様子を見ると、今回は師はついてこないようである。
 しかしながら、時は夜も遅く、本来ならばお子様であるは眠る時間だ。そんな時間に可愛い弟子を外に出さなければならないとあって、風邪を引かせては大変と親バカ師匠はこれでもかというほど防寒の準備をしていた。
 あれもこれもと取り出す師に、ため息をつきながらそろそろ暑くなってきたは口を開く。

「ししょー、あついしうごきづらいからもういい」
「でもね、……」
「もうやだ!」

 強く言い切って、潤んだ瞳で師を見つめる。ぐっと言葉に詰まったアフロディーテは、己の弟子の愛らしさと確かに暑がっているその様子にノックアウトされ手を止めた。
 渋々といった様がありありと目に見えるも、これ以上増やされる事も無いと知っては安堵の息をついた。
 ロゼに持ってもらっていた仮面をつける。

「じゃ、いってきま〜す」
「行ってらっしゃいませ、人馬宮様」
「あああ、、気をつけて!」
「は〜い」

 教皇の間に行くのにさほど危険も無かろうに。
 そう思いながらも適当に返事をしておいて、暗いというだけでいつもと違った表情を見せる教皇の間への階段を上がっていった。
 闇のヴェールに覆われた空にはアルテミスの姿は無く、星々の煌く姿がはっきりと見えていた。星明りだけでも、短い距離を歩くには申し分ない。
 自然の作り出す美に酔いしれながらも、は階段の終着点に教皇の姿を見つけて走り出した。まろぶように駆けてくる幼女を、教皇は口元を緩めて抱き上げる。

「転びはしなかったか?」
「だいじょうぶです」
「うむ。では行くか」
「はーい」

 でも行くってどこへ?
 疑問符を頭一杯に浮かべるをよそに、教皇はしっかりした足取りで教皇の間の奥の方へと歩いていく。そして切り立ったほぼ崖といっても過言ではないところを、年を感じさせぬ軽快さでひょいひょいと登っていった。

――っつーか切り立った崖って……。

「スターヒル……」
「ふむ、は知っておるのか」
「……ここってきょうこうしかはいれないんじゃ」
「何、構わぬ。今日ここに来たのはに星の読み方を教えようと思ってな」
「ほしのよみかた……」

 呆然と繰り返すしかないに、教皇は頷く。

にはまだ難しいかも知れぬが、この教皇が一から十まで教えてやるからな。何、は優秀だからすぐに読めるようになるだろう」

 はっはっは、と笑う教皇。
 はそんな太鼓判ぶっちゃけいらねぇ、と頭を抱える。
 スターヒルに入れるって、星読みを教えるって、それって教皇になるための教育の一環じゃ……。
 もしかしなくても教皇は最初からそのつもりだったのでは、と今更気付いたは、乾いた笑い声を上げるしかなかった。