教皇猊下の華麗なる野望〜次期教皇育成計画その肆〜


 教皇猊下はほくほくしていた。
 なぜならつい先日、を祭り上げようと必死になっていた――結果はマイナス――神官の横領の証拠を押さえ、ついに更迭できたからである。
 更迭までの間に、あまりにもの機嫌を取ろうと必死になった神官にがついぷちっといきそうになったり、それが原因でに――証拠は残さず、なんとなく誰の仕業かわかるあたりすばらしい手際だ――色々されて寂しい頭を更に寂しくして、更迭された後は田舎に引きこもってしまったらしいが、まあ自業自得だ。
 ちなみにが行った色々の中身は判っているだけでも、神官と繋がっている悪徳貴族の奥方に神官の筆跡で浮気の詳細が書かれた手紙が送りつけられ、それがきっかけでその悪徳貴族に縁を切られたり。(貴族のほうも奥方に縁を切られ全財産を掻っ攫われた)
 神官の愛人同士が何故か一堂に会し、あわや刃傷沙汰の修羅場になりかけたり。(神官はこの後愛人全員に縁を切られた)
 本宅に泥棒に入られて、隠し金庫の中身やら装飾品やらを一切合財盗まれ、その後その泥棒は捕まったものの、神官には分不相応的な発言を着膨れするほどのオブラートに包み捲くってこぼしたの意見に周囲の大多数が同意し、あまつさえ教皇も同意し、神官は喜んでその八割方を聖域や周囲の孤児院に寄付せざるを得なくなったり。(何と神官のほぼ全財産だったらしい。横領分の金も四分の三くらいは聖域に返された計算になる)
 更に細かいことを言えば、道を歩いていたら神官の身長の三倍ほどある深ーい落とし穴にはまったり。(その数日前にスコップを持った子供の姿がちらほらと。ちなみに助け出されたのは丸一日経ってから)
 頭上から巨大な石柱が降ってきて、神官のつま先十センチ手前に突き刺さったり。(つい手を滑らせてしまったと謝りに来た聖闘士がいたが、彼は何だか人為的な力を感じたとか感じなかったとか)
 神官が居眠りをこいている間に、顔に肉を始めとした盛大な落書きがされていたり。(ちなみに何度も何度も洗って、やっと落ちたのがそれから三日後だった)
 気分転換に町に出てみたら排泄物が降ってきて、避ける間もなく頭からかぶるはめになったり。(捨てた人間は神官が立っていた場所よりも一つ先の窓の住人だった)
 歩いているとすれ違った者達が笑って過ぎ去って行くので何かと思ったら、背中に「私は無能でバカでハゲなんですv」と書かれた張り紙が背に張ってあったり。(やけに丸っこい字と最後のハートマークが気持ち悪かった)
 神官の恥ずかしい噂があることないことごっちゃになって流れていたり。(その噂の出所は特定できてはいないが、限りなく近い奥様方は幼女の知り合いだった)
 とまぁ、こんな具合だ。もしかしたらもっとあるかもしれないが、教皇が腹を盛大に捩れさせ酷い筋肉痛に襲われたために、調べるのはそこまでにしておいた。
 決して神官を哀れに思わない辺り、実行したもそれを笑い捲くる教皇もなかなかイイ根性をしている。
 そして多くの神官が冷や汗を流す中、教皇は必死に笑いをこらえながら「まさしく鬼才」という一言で事を終わらせた。
 そうでなければヤバかった。主に教皇の腹筋が。
 さらにその裏には、さすがは未来の教皇という感心が今にも破裂しそうなほどぱんぱんに詰まっていたのだが、教皇の密かな野望はまだ誰にも知られていないため、気付く者は無かった。
 しかしながら、今回の件で魚座に任務を与え聖域から追い出している間に、彼の愛弟子を連れ出し教皇のまで仕事をさせている事がばれてしまい。
 今現在、物凄い形相をした――後にが般若の形相だと呟いていた――美貌の主に乗り込まれていた。
 ちなみに今日執務室で仕事のある神官達は魚座の怒りに恐れをなし、何かと理由をつけて全員退室している。
 は教皇に味方をする気は無いようで、慌てて主を引き止めに来た従者の腕を引いて傍観に徹する気でいるようだった。
 教皇に味方という味方はいない。が、教皇も前聖戦を生き抜いた猛者。親バカと化している若造など恐るるに足りない。

「どういうつもりですか、教皇……」

 おどろおどろしい、わざわざ深く掘り下げた地面を這うような低い声で、アフロディーテは教皇に詰め寄る。
 は初めて見る己の師の憤怒の形相に、美人が怒ると迫力が違う、とどこかずれた感想を抱いていた。

「じ、人馬宮様……どういたしましょう……」

 葡萄色の瞳に涙をためおろおろするロゼの背中をあやすように叩き、頼もしいばかりのイイ笑顔で笑いかけた。

「だいじょうぶ。ヤバくなったらとめるから」

 安全圏から力ずくで。
 言葉と笑みの裏で物騒なことを付け加え、師と教皇のちょっと(?)間違った修羅場に視線を戻した。

「何の事だ」
「しらばっくれないでください。それとももうボケましたか」
「ボケとらんわ! 失礼な事を言うな若造が。……の事ならばお前が任務に出ている間寂しかろうと思ってここに連れてきているだけではないか! お前に怒られる筋合いは無いわ!」
「それはお心遣いありがとうございます。ですがその任務を次から次へとバカスカ入れてるのはあんたでしょうが! デスマスクを始め他の黄金聖闘士にも聞きましたが、今は暇なくらいだって皆言ってましたよ!」

 それなのに私だけ滅茶苦茶忙しいなんておかしいじゃないですか! と、師匠の痛恨の叫びがほとばしる。
 教皇ってば入ってきてる任務集中して師匠に与えてたのか。他と比べて任務に就く間隔がやたら短いと思ったら。
 その度に教皇に拉致られているは生ぬるい笑みを浮かべる。

「チッ!」
「チッて何ですかチッて! ずるいですよ教皇、私が可愛い可愛いと涙を呑んで離れてる間にを膝の上に乗っけて仕事してるなんてっ! 私だってに構いたいのに!」

 今以上にか。
 思わず遠い目をしてしまう。今だってあっぷあっぷしているというのに、これ以上構われたら溺れ死ねるのではないだろうか。陸上で。
 それだけは勘弁してほしい……。一度徹底的に抵抗してみるべきか。
 そんな事を考えている内に、師と教皇の小宇宙が高まり、技の発動数秒前。
 わたわたするロゼを背にかばい、ちゃぶ台返しの要領で手を振り上げた。後の某教皇の「うろたえるな小僧ー!」のバージョンである。
 そこまでー! という台詞と共に二人は勢い良くぽーんと吹っ飛ぶも、流石に年季が違うためにあっさりと着地されてしまった。
 ちっ、もっとPKの威力を磨かなければ。
 睨み合っていた二人はあっさりと小宇宙を納め、の方を見る。
 怒られるかと思いきや、アフロディーテはキラキラと輝きを帯びた目でを見つめ、教皇も口元に笑みを浮かべ嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。
 はい……?

「すごいよ、! また威力が上がったね」
「うむ。全く持って将来が楽しみだ」

 師にガバリと抱きしめられ、教皇は満足そうに頷いている。
 先ほどまでの剣呑な空気は、きれいさっぱり払拭されていた。
 そうして今回はうやむやの内に終了。
 しかしこれ以降、全く同じ光景が何度も繰り返されるはめになるのだが、この時のはそんな事思いもよらないのだった。