教皇猊下の華麗なる野望〜次期教皇育成計画その壱〜
教皇猊下。
そう呼ばれている彼は、前聖戦の数少ない生き残りであり、元蟹座の黄金聖闘士でもあった。
ついでに言えば、聖衣の修復師たるジャミールの民ではあるのだが、今は牡羊座に一任しているため知っている者はほとんどいない。
それはさておき、前聖戦から二百数十年経ち、教皇の御年も二百云十歳。
お前本当は妖怪だろと突込みが入りそうなほどに生きている彼は、そろそろ年を感じ、次代に席を譲りたいと思い始めていた。
しかしながら、今の黄金聖闘士たちはどいつもこいつも教皇の合格基準に達しておらず、ただ一人譲れそうな天秤座も、独占欲の強い牡羊座の為に断念せざるを得なかった。
そこへ現れたのが、新たなる世代の射手座候補生の幼女である。
彼女は今まで見たどの聖闘士候補生よりも、抜きん出て可能性を秘めていた。
教皇はこの僅か三歳の幼い子供を、次期教皇として目をつけたのだった。
思い立ったが吉日とばかりに、教皇は幼女の師となった魚座へと任務を入れた。
教皇としての教育を施すに当たり、邪魔だと思われるのはこの男だ。
問題の本人はと言うと、幸い、彼の幼女が聖域に来てから二ヶ月は経っており、聖域には慣れてきている。
親を恋しがる様子も無く、双魚宮の主と従者に世話を焼かれながらマイペースに生活しているようだ。
双魚宮と教皇の間は近く、それだけその安定した生活ぶりがよく知れる。
能力のほうも程よく安定しているらしく、彼女が聖域に連れてこられて数日して知れた強力なPKを、一度として暴走させたことは無いとか。
幼いながらに何と立派なことか。さすがは次期教皇として見込んだ子供だと、教皇は至極ご満悦であった。
そんな訳で、教皇は今執務を切り上げ――放り出したとも言う――双魚宮に乗り込んだのである。
「きょ、教皇猊下?」
双魚宮の従者がぎょっと目を見開きながらも、完璧な礼を取った。
教皇はそれにひらひらと手を振る。
「よい。はどこだ?」
「人馬宮様でございましたら、薔薇園の方で薔薇を摘んでおります」
「薔薇園、だと……?」
「はい。魔宮薔薇は近くにありませんので、ご心配には及びません」
声の低くなった教皇の言わんとするところを察し、ロゼは深く頭を下げる。
教皇はうむと頷いて返した。
すると、奥の薔薇園のほうから白い薔薇を抱えた小さな子供が姿を現した。
まろい頬の輪郭は牡羊座手製の仮面が付けられていたことに少しばかりの落胆を覚えつつ、幼子に声をかける。
「」
「はい……あれ、きょうこうげいか?」
舌足らずな口調で、教皇を見上げことりと首を傾げる。
それにうむ、と頷き、幼女の手から薔薇を取り上げてひょいっと小脇に抱え上げた。
「へ?」
「教皇猊下!?」
「借りていくぞ」
驚く二人に、教皇はこともなげに言ってすたこらと教皇の間へと足を向ける。
こうして、何とも誘拐まがいな行動と共に、教皇猊下の次期教皇育成計画は幕を開けたのだった。
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