君の為にできること


 最近師が何やら考え込んでいる。
 その事をに言えばうんざりとした表情で放っておけと言われたが、アルバフィカにはとても気がかりだった。
 何だか、放っておいてはいけない気がする。
 その心の赴くままに師に尋ねると、返ってきた言葉にアルバフィカは大きな目を零れ落ちそうなほどに見開いて、きゅうっとその小さな手を握り締めた。





 の誕生日。
 それがもう明日に迫っている事を、アルバフィカは初めて知った。
 何で教えてくれなかったのかと悲しい気持ちになりながらも、広い森の中をきょろきょろと見回す。
 聖闘士の候補生は滅多な事じゃ外界に出る事は許されないし、もし出られたとしても何かを購入できるような貨幣は持っていない。
 時間もあまり無い事もあって、アルバフィカは森の中に何か珍しい、プレゼントにできるものは無いかと探しに来ていた。
 しかしもう冬といっても過言ではない時季で、春になれば満開になる花も枯れてしまっており、木の実などもあらかた冬眠や冬篭り前の動物達に持ち去られてしまっている。
 落胆と共に出てしまいそうなため息を飲み込みながら、それでもアルバフィカは根気強く探した。
 木の上に登ってみたり、川の底を覗いてみたり、背の高い草を掻き分けてみたり。
 それでも見つからず、泣きそうになりながら崖を見下ろすと、そこにはアルバフィカが見たことの無い花も葉も茎も苞色も、全てが紫色をした珍しい花を見つけた。
 顔を輝かせて手を伸ばすも、後一歩のところで届かず、アルバフィカの小さな手は何度も空を切る。
 もう少し身を乗り出そうとしたとき、後ろからひょいっと抱え上げられた。振り向いた先には、厳めしい顔を更に険しくした山羊座の黄金聖闘士。
 ここにいるはずのない人物に、アルバフィカは目を丸くした。

「パーンさま!」
「……ここは危ない。行くぞ」

 踵を返して十二宮のほうへと向かおうとするパーンに、アルバフィカは必死にじたばたと暴れ、今ここから手ぶらで帰るわけにはいかない事を主張する。
 この寒い時期にやっと見つけた花なのだ。

「パーンさま、まって! ぼくあれとりたいの!」
「……あれか。何故?」

 先ほどまでアルバフィカが今にも落ちそうな不安定な姿勢で必死になっていた崖を覗き込み、首を傾げる。
 その理由を告げると、パーンは合点がいったようで、一つこくりと頷いた。

「ならば俺が取ろう。お前では危険だ」

 アルバフィカを地面に下ろし、かがみ込む。全身が紫色をしたその花は確かに彼の幼女を連想させ、誕生日のプレゼントには相応しく思えた。

「ほら」
「ありがとう、パーンさま!」

 眩しいほどの笑みを浮かべる幼子に、パーンは僅かに顔をほころばせて頷く。
 彼の厳めしい顔を怖がらず普通に接してくる子供は、を含め、二人ともひどく可愛らしかった。
 彼の隣の宮の主に言わせると、目に入れても痛くないほど可愛がっている。それは本人も自覚していた。今だって、森の中を見回しながら歩いているアルバフィカを見つけて、迷子になっては大変だとここまでつけてきてしまったのだから。
 再び幼子を抱き上げて、今度こそ十二宮を目指す。アルバフィカも今度は大人しく従った。
 そうして着いた第一宮の白羊宮には、主のランティスとその恋人の青炎、そして何故かパーンの隣人であるエリアーデの姿があった。
 パーンが内心首をかしげていると、意外なのは彼らも同じだったのか、代表するかのようにエリアーデが口を開く。

「あら、珍しい組み合わせね。パーンとおちびさんが一緒だなんて」
「悪いか」
「んふふ、だってあんた子供と顔あわせるたびに泣かれてたじゃない。それだけ意外なのよ」
「放っておけ。それより何故お前がここにいる」
「聖衣のメンテナンスのためよ」
「私と青炎の時間を邪魔してね」

 とげとげしい口調で、ランティスが会話に割って入る。いくらか温度が下がったような空気の中で、エリアーデはさして気にもせず、ころころと笑って謝罪を口にしている。
 牡羊座の威圧も何のその、な水瓶座に、ランティスは無表情なままで舌打ちをかました。
 その様子を大らか過ぎるほど大らかな笑みで見守っていた青炎は、アルバフィカの手の中にある花に目を細めた。

「ほう、紫竹梅じゃな」
「紫……?」
「トラディスカンティア・パリダ、セトクレアセア、パープルハートとも呼ばれてるね。花言葉は確か、懐かしい関係とか辛抱強い愛情とかだったと思うけど」

 聞きなれない発音に小首を傾げるアルバフィカに、エリアーデの相手を放棄したランティスが説明を加える。
 アルバフィカは名前の判明した花を見つめ、ふ〜んと呟いた。

「ねぇ、おちびさん。その花誰に上げるの?」
にあげるの」

 パーンに抱かれたままのアルバフィカを覗くマンダリンオレンジの瞳が、数度瞬いた。

の誕生日は明日じゃからのう」
「ああ、そのプレゼントか」
「あらやだ。あんまりにもお嬢さんが静かだからすっかり忘れてたわ」

 納得したように頷く二人に、一大事とばかりに顔をしかめるエリアーデ。どうしましょう、と眉間に皺を寄せて悩み始めるエリアーデを尻目に、ランティスはアルバフィカを見下ろす。
 そして、淡々と彼に――それと意識しないままに――会心の一撃を与えた。

「でも明日になったら、その花も枯れるかしおれるかするんじゃない?」
「あ……」

 そこまで気付いていなかったアルバフィカはぽかんとし、次いで大きな花浅葱の瞳いっぱいに涙を浮かべた。
 今にも泣き出しそうな幼子に、大人たちは慌てる。以前、アルバフィカを泣かせた奴が、彼を大切にしているとアフロディーテの魚座師弟にえらい目に合わされていたのだ。それよりも前に聖域を去っていった神官並みに。あの二人だけは敵には回すまい、とほとんどの黄金聖闘士はあの時誓った。

「ああ、そうだわ! ねぇ、アルバフィカ、アタシ今回にプレゼント用意できなかったのよ。変わりにその花にちょっと細工させてもらえないかしら」
「さいく?」
「ええ、枯れないように、もっと素敵にしてあげる!」
「できるの?」
「もちろんよ!」

 必死である。だって、鬼と化した親バカアフロディーテは怖い。は手加減してくれても、あの男は全力だ。
 しかしその言葉に、アルバフィカの涙は途端に引っ込み笑みが浮かんだ。
 胸の前で指を組み、笑みを浮かべた裏でだらだらと冷や汗を流していたエリアーデは、密かに胸を撫で下ろした。とりあえず危機回避である。

「で、どうする気?」
「ふふふ、こうするのよ。フリージングコフィン」

 一気に小宇宙を高め、絶対零度の氷でアルバフィカから受け取った花を包む。三十センチ四方の氷柱が、机の上に鎮座していた。
 得意げに笑うエリアーデ。しかしランティスは、その淡々とした表情を僅かに歪めてこき下ろした。

「風情も何もあったもんじゃないね。無骨」
「うっさいわね、わかってるわよそんな事! でもアタシにできるのはここまでなのよ!! という事で青炎、次はあんたよ、あんた」
「エリアーデ、君、青炎を使う気!?」
「しょうがないでしょ、アタシの氷を削れるのは天秤座の聖衣だけなんだから!」
「……二人とも、アルバフィカが怯えている」

 高い声を更に高くしてヒートアップする二人に怯えたアルバフィカが、パーンにしがみついて小動物よろしくぷるぷると震えていた。瞳には再び涙が溜まり、ゆらゆらと揺れている。
 勢いよく集中した視線にびくりと身を引いた幼子に、ランティスとエリアーデはぐっと言葉に詰まり、気まずげに視線をそらした。

「青炎」
「ふむ、わしは構わぬよ。こういうことならば天秤座の武器を使っても、女神も怒るまいて」

 ちょうど天秤座の聖衣もここにあることだし、と、エリアーデと同じくランティスに診てもらっていた聖衣の箱を撫でる。

「しょうえんさま、いいの?」
「よいよい。さて、どんな形にしようかのう」

 天秤座の聖衣から件を取り出し、目を細める。しばらく考えていた青炎は一つ頷くと、ランティスを手招いた。
 首を傾げながらも、ランティスは素直にいそいそと寄っていく。

「何?」
「ひし形の八面体にしようかと思うのじゃが……」
「縦に長くなるとバランスが……ああうん、わかった。私が台座を作るよ」

 わざわざわかっていることを口にする青炎の意図を察し、頷く。小首をかしげるアルバフィカの頭を通りがけに撫で、ランティスは工房に入っていった。
 サイズは目測し大体掴めたし、何より青炎が手ずから氷を削るのだ。自分の作品が合わないわけが無い。
 あの大人顔負けの幼女へのプレゼントはもう既に用意してはいるが、こういうのも悪くは無いと思った。




「うわぁ……!」

 出来上がった細工はそれはもう素晴らしく、アルバフィカは感嘆の声を上げた。
 白銀の薔薇をつけた黄金の蔓は優美に延び、縦に長い八面体の上下を優しく絡み取っている。全体的に繊細な印象をしてはいるが、台座はしっかりしており安定していた。その台座にも細かい彫刻が入っており、とても青炎が氷を削りアルバフィカがそれを少し手伝うといった短い時間に仕上げられたものとは思えない出来映えだった。

「……凄いな」
「美しいのう」
「うん、我ながら見事な出来映え」
「きっれーい! アタシも欲しいわ、こんなの……って、ちょっと、取らないからそんな警戒しないで頂戴おちびさん……!」

 パーンは抑揚の無い声で賞賛し、青炎は素直に感嘆の思いを声に出し、ランティスは恋人からの賛辞に頬を染めつつ自画自賛して、最後の最後にエリアーデから発された言葉に、アルバフィカは己のへのプレゼントをひっしと抱き込み、うっとりと見とれている水瓶座に背を向けて隠した。
 エリアーデにとっては疚しい所の無い純粋な賛辞だったのだが、選んだ言葉が悪かったために未来の魚座にまるで子猫のように警戒されてしまい、ちょっぴり泣きそうになりながら否定した。
 今日はもう色々とやらかしている自覚があるだけに、これ以上マイナスの印象は与えたくない。
 アルバフィカは探るように花浅葱の瞳でじーっと水瓶座を見ていたが、ややあってこくりと小さく頷いた。
 同じくアルバフィカを泣かせかけたという事実を持つ牡羊座は、良い気味だとばかりに口角を僅かに吊り上げる。
 その様子をしっかりと目にしたエリアーデは少しばかりむっとしはしたものの、幼子の前で怒鳴りあうという愚行を二度起こさないためにもここはぐっと堪えた。
 ぴくりと震えた彼(彼女?)の肩を、パーンがぽんぽんと宥めるように軽く叩く。

「これで、へのプレゼントが用意が出来たの、アルバフィカ」
「はい! ありがとうございます、しょうえんさま、ランティスさま、エリアーデさま。パーンさまも」
「いや」
「何、あんたも何かやったの?」
「はながてのとどかないところにあったから、パーンさまにとってもらったの」
「ああ」
「なるほどね〜」

 溺愛してるわね。
 放っとけ。
 裏で小宇宙のやり取りをして、エリアーデはにやりと笑う。
 その笑みの意味が解らず首をかしげたアルバフィカに、エリアーデは何でもないわと首を横に振って、異様に迫力のある綺麗な笑みを浮かべた。
 とりあえずこくりと頷いておいて、後でに聞いてみようと心に留めておく。解らない事があったとき、アルバフィカはまず最初にを頼る事にしていた。
 できあがった美しいプレゼントを綺麗に布で包んでもらい、それを両手で抱え込んでえっちらおっちらと運んでいく。
 パーンは内心はらはらし、転ぶなよと念じながら、その後をついていく。
 新米のお父さんと初めての子供みたいな風景に微笑ましさを感じていると、ふとアルバフィカが振り返った。

「ねえ、しょうえんさま」
「うん?」
ね、ぼくにたんじょうびおしえてくれなかったの。なんでかな」

 花浅葱がゆらゆらと揺らいで、青炎を見上げる。
 その質問に心当たりのある大人たちはああそれか、と去年の彼女の誕生日を思い出し、苦笑した。
 去年の事が強く印象に残っている所為で、は誕生日のたの字すらも口にしたくはなかったのだろう。

「心当たりはあるのう。でも、決してアルバフィカに意地悪をしているわけではないぞ。明日、彼女に聞いてみるとよいじゃろう」
「はい」

 包み込むような温かい笑みに勇気をもらって、アルバフィカははにかんだ笑みと共に頷く。
 そして今度こそ、新米パパ状態なパーンと共に白羊宮から出て行った。

「ああもう、可愛いわねえ。アタシの弟子もあんな子がいいわ」
「私はみたいな子の方がいいけどね」
「まあどっちにしろ、あの子達よりも小さい子供がくる事は決まっとるがな」
「そうだね」
「うふふ、楽しみだわ〜」
「はいはい。で、エリアーデ、君いい加減宝瓶宮に戻ったら?」
「あら、いいじゃない。もう少しお茶しましょうよ。こんなこと滅多にないんだから」
「確かにの」
「……ま、青炎がいいならいいけどね」

 少々拗ねた顔で方をすくめ、ティーセットを用意するランティス。
 その日は多少のなんやかやはあったものの、穏やかに過ぎていったのだった。



 
 そして当日、アルバフィカが用意したプレゼントに、はその日最高の笑みを見せたのだった。

 どっとはらい。








おまけ

「ねぇ、、どうしてたんじょうびおしえてくれなかったの?」
「あ〜、教えてなかったか? 悪い」

 青炎に言われた通りにに聞くと、彼女は顔を歪めて謝罪した。どうやら周囲が触れ回らずとも知っているために、アルバフィカも誰かに教えられ知っていると思い込んでいたらしい。
 重ねて「なんで?」と聞くと、は艶やかな濡羽色の髪をがしがしとかき、遠いところへと視線をやった。

「去年もな、祝ってもらったんだけど……」
「うん」
「しばらくすると酒が出てきて」
「…うん」
「主役を放り出して飲めや歌えのどんちゃん騒ぎのバカ騒ぎ」
「……うん」
「終いには酔って絡んできたり、気分がハイになって模擬戦はじめかけたりで大変な事に……うん。何かもう思い出したくも無い」
「……じゃあがいやがってたのって」
「去年が最悪だったから」

 まったくもってとばっちりである。
 しかしアルバフィカにとって一番大事なのは、が誕生日を教えなかったのは故意ではなかったということだ。
 皆が渡したプレゼントの中で、一番喜んでもらえたみたいだし。
 それでいいや、とアルバフィカは愛らしい満面の笑みを浮かべた。


 ちなみに、去年はその後切れたにより、問題のある連中は双魚宮(十二宮の最上階)の窓(外は崖)からPKで放り出されたのだとか。
 それでも怪我をしていても擦り傷と打撲ですんだ黄金聖闘士達。
 はその時、本当に人間かと心底疑った。










あとがき
 何だかいつもよりも駄文感がひしひしと……。
 しかも誕生日の前日で、その日じゃないし。
 でもこれが精一杯です。イベントネタはむいてねぇなぁ……。