教皇猊下の華麗なる野望 〜次期教皇育成計画・番外編〜




 そろそろ部下の一人でも付けてみるか。
 今日も今日とて後継者の教育に余念の無い教皇猊下は、ニヤリと唇を歪め、一枚の指令書を手にした。

「誰ぞ、射手座のを呼べ!」
「はっ」

 即座に帰ってきた了承に頷き、それと、と教皇は付け加えた。





 謎の小宇宙の活性化により発生した危険生物の討伐。
 何のことは無い、しこ極簡単な忍務だと思った。場所は人里離れた森の中で、他に与える影響を考えずに思い切り戦える。半日もかからないだろうと思ったそれは、一人の青銅聖闘士の存在で少しばかり難易度が上がった。が呼ばれた後に入ってきた、同世代か少し下の少年の姿に口元を引きつらせながら見上げた教皇の口元が至極楽しそうにつりあがっていた事に対し、このクソジジイと内心罵ったは悪くないだろう。着実に時期教皇としての地位が外堀から埋まっていく事に、は頭痛を覚えた。
 小さく吐き出した溜息が仮面にぶつかると同時に、意識の端に獣というには随分と大きな小宇宙が引っかかる。ちらりと後方についたきている青銅聖闘士もほぼ同時に気付いたのか、と同じ方向を気にしていた。なるほど、黄金聖闘士につけるだけの実力は持っているらしいと教皇の目の確かさに感心する。しゃくではあるが、流石は200余年の経験の持ち主と言うべきか。
 わずかに口角を引き上げ、今度は体ごと振り返る。シャラリと、聖衣の羽が音を立てた。

「山猫座のナナシ」
「はい、先行します」

 皆まで言わずともの言いたい事を察した少年に、こくりと頷く。無理をするなとだけ言って送り出し、は山猫坐が察せなかったらしい微弱な小宇宙が発されている方へと足を向けた。良いものか悪いものかといえば、どちらかというと悪いものなのだろう。
 今回の危険生物の発生はこれが初めてではない。これまで何度か聖闘士が派遣され、倒しているのだが、時間を置くと復活してくるのだ。幸い、発生する危険生物は青銅聖闘士でも充分に相手ができる強さだと報告書にはあった。何度復活しても別段アワーアップしている訳ではないらしいとも。ならば大丈夫だろうと判断を下したは別行動を取ることに決めていたのだ。
 山猫座の小宇宙が大きく燃やされるのを感じとり、口元に笑みを浮かべたは、こちらも始めようか、と草をかき分けた先に見つけた今回の件の原因らしきものに目を細めた。



 ドンと、言葉にするのならばそんな音を立てて黄金の小宇宙が爆発した。その音が聞こえてきた方向にちらりと視線をやって、すぐに相対する敵へと視線を戻した。体躯は虎のようだが、大きさは、やや大きな馬ほど、背には翼が生え、それが厄介といえば厄介ではあるものの、その巨体にしてはやや小さいらしく、高く飛ぶことは出来ないらしい。鶏の羽程度には役に立っているようだが。
 それにしても彼女の聖衣の翼は大きく美しかったと思う。まるで金属らしさがなく、今にも動き出しそうな躍動感があり、彼女が動くたびにシャラリシャラリと涼しげな音がなる。正直、射手座の聖衣があれほど美しいものだとは思わなかった。彼ではなく、彼女が主だからだろうか。黄金聖闘士の面々を初めて目にした時は驚いたが、自分が今ここにいるのだから、そういう事があってもおかしくはないだろう。
 襲い掛かってくる爪を避け、小宇宙を掌に集め球状に乱回転させる。

「螺旋丸!!」

 攻撃を潜り抜けて懐に潜り込み、チャクラではなく小宇宙で作り上げたそれを叩き込んだ。



「ら、螺旋丸……!?」

 何とも懐かしい単語に口元が引きつる。
 原因となるものは意志も何も無い唯力を垂れ流すものでしかなかったのでとっとと破壊して、まだ決着のついていない山猫座の様子を身に来たのだが、そこで耳にしたその言葉。しかもその後に繰り出される技もかめはめ波やら北斗百裂拳やら聞き覚えのあるものばかり。開いた口が塞がらないとはこのことである。多分、十中八九、いやほぼ100%の確率で。だって「あたたたたた」って。

「お前はもう死んでいる」
「北斗の拳かよ、しかも似てねぇよ……」
「へ?」

 脱力のあまりへたり込んだに、山猫座は間抜けな声を発して振り返る。そしてふと合った視線に、互いが同類であることを自然と悟ったのだった。






 「ただいま」

 光とは言わないまでも、音速――一般人ならば充分すぎるほどに速いが、十二宮内ならばまだまだ遅い――で駆け上がっていくに、声だけを置いて行かれたアルバフィカとフーガはぽかんと口を開けたまま、教皇の間を見上げた。

の奴、もしかして機嫌……」
「私には良かったように見えたけど……」
「だよなぁ」

 顔を見合わせ、小首を傾げる。普段ならば嫌そうな雰囲気を隠しもせず階段を歩いて上っていくというのに、今日はご機嫌で駆け上がっていった。何か良いことでもあったのだろうか。

「今日の任務って教皇がすっごい楽しそうに渡してた奴だよな」
「あぁ。多分教皇の計画の一部だと思う」
「それなのに機嫌が良いのか」
「一番嫌がってる類なんだが」

 本当に何故だろう。疑問に首を傾げた。

「ちょっと行ってくる!」

 ひゅんと風を切ってまたも声だけを置いて走り去っていく。二人は無言で顔を見合わせることしか出来なかった。

 が。

「遅い!」

 ばん、とフーガが木のテーブルを叩く。小宇宙はもとより、そう力を加えなかったが、テーブルは少し凹んでいる。それを見て、双児宮の従者は少しばかり悲しい顔をした。
 が十二宮から出たと聞き、二人して最上階の双魚宮から双児宮で待ち構えているというのに、もうすぐ完全に日が沈むという時間になってもまだは帰ってこない。外は薄暗いというのに。フーガもアルバフィカも、心配で心配でならなかった。確かには二人よりも強いが。強い、が、女の子なのだ。いくら誰よりも男前でかっこよかろうとも。
 ゆらりと、アルバフィカが立ち上がった。

「アルバフィカ……?」
「迎えに行ってくる」
「え、場所分かってるのか?」
「小宇宙を辿れば分かる」
「さいで」

 少しばかり目が据わっているアルバフィカに、触らぬ神にたたりなしとばかりにフーガは頷く。別に隠す必要も無いわけだから、アルバフィカの言う通りに小宇宙を辿ればの元にはたやすくたどり着けるだろうが、フーガは相も変わらずそういう細かい作業が苦手だった。いい加減に治さねばと思うものの、なかなか簡単にはいかないのが現状だ。それが少しばかり悔しいフーガは、これからこれからと心の中で繰り返した。

「あっちだ」

 目を閉じ、の小宇宙を探していたアルバフィカは目を開くと同時に一つの方向を指した。それに頷き、歩き出すアルバフィカの後を追いながら、たしかその方向には聖域を住処とする聖闘士達の居住区があったはずだと脳内に聖域の地形を思い浮かべながら首を傾げる。何故がそんな場所にいるのだろうか。あんなスピードで会いに行くような知り合いも、白銀や青銅にはいないというのに。
 さくさくと進んでいくアルバフィカの髪の先がふわふわと揺れている。その気配は綺麗に消されており、を逃がす気は無いのだと知れた。まぁ、あのがアルバフィカから逃げるわけも無いのだが。誰よりもに愛されているくせに、当の本人はその事実に気付いていないのだ。その点に関してはあまりも自覚はしていないようだが。

【あはははははははは! それは間抜けすぎるぞ、お前!】

 ようやくフーガにもの小宇宙をはっきりと感知できる所まで近づいてきたところで、今までに聞いたことも無いようなの声がした。何と言っているかは分からないが、その声がとても楽しそうなものだという事はわかる。

【だから言いたくなかったんだよ、チクショーッ!!】

 続いて響いてきたのは、おそらく同じ言語の、少年の声。
 アルバフィカはこちらに背を向けていて顔を見ることは出来ないが、ぴくりと動いた肩に彼の機嫌が斜めに傾いたことが容易に知れた。きっと顔もぶすくれているのだろう。
 アルバフィカの足が速まる。何となく微笑ましく思いながらも、放置すると後からに叱られるので、ストッパーになるためにも先程よりも少し距離を詰めて追った。

【まぁ、とりあえずご愁傷様?】
【だから言うなってんじゃねーかぁ!】

 からからと笑うの声と、少しばかり涙声な少年の声。そのどちらもがクリアに響き、話に夢中になっている様が見て取れた。
 ……クリア?
 あまりにも鮮やかに聞こえすぎる両者の声に、フーガは顔を引きつらせ、アルバフィカは顔から血の気を引かせる。は普段、十二宮の外では決して仮面を外さない。必然的に声は少々くぐもって聞こえ、こんなにも鮮やかに響くはずが無いのだ。ということは、だ。よく考えずとも、は今仮面を外しているのだ。
 アルバフィカはすぐに走り出し、フーガもこの時ばかりは泰然とした態度を放り出してアルバフィカの隣に並んだ。バンッと、扉を吹き飛ばす勢いで開く。予想したとおり、正面にいるのきょとんとした顔が露になっていた。

「どうした、お前ら?」
「どうしたって、、お前……」
、仮面……」

 至って平然と問いかけてくる彼らの大切な少女に、フーガは言葉をなくし、アルバフィカは今にも死にそうな顔色で声を絞り出した。当のはというと、仮面という単語にくいっと方眉を跳ね上げ、ああと頷いた。

「掟の事なら心配ない」
「こ、ろす気は無いんだろ?」

 フーガの問いかけに、背を向けたままの少年の肩がぴくりと動く。は苦笑を浮かべ、首肯する。

「当たり前だ。愛す気も無いがな。というか、前提からして間違ってるぞ、お前たち」
「間違ってるって」

 困惑した表情で、アルバフィカはを見つめる。僅かに潤んだ花浅葱の瞳に、は浮かべた苦笑をそのままについと少年の顔を指差した。
 その指先に導かれるまま回り込めば、少年は目元に赤い布が二重三重に巻かれていた。アルバフィカは潤んだ目を瞬かせ、フーガはぽんと納得したように手を叩いた。
 少年は指先でこめかみの辺りをかく。

「えーっと、この通りなので。様の顔は見てません、はい」
「というわけで愛すも殺すも無いわけだ。分かったか?」

 こくりと、二人は頷くほか無い。
 アルバフィカは安堵の息を大きくつき、に背中から抱きついてその黒髪に頬を摺り寄せた。その彼の頭を、よかったなと言わんばかりにフーガが撫でる。ぎゅっと抱きついてくるその手を、は宥めるように撫でてやる。

【愛されてるな、様?】
【ふん、羨ましかろう】

 にんまりと孤を描く唇に、は得意気な笑みを浮かべて言葉を返す。それに少年は肩をすくめて答える。親しい者同士の間にある独特な雰囲気に、一体何時の間にこれほどまでに仲良くなったのやらとフーガは首を傾げ、アルバフィカはしがみつく手に力を入れた。

「なぁ、えーっと」
「山猫座のナナシです」
「リンクスか。お前、それで戦闘できるのか?」
「大丈夫です」
「今日もしっかり戦ってたしな。それに十二宮にはいるだろ。先天性の盲目が」
「ああ、アスミタ」
「こいつの場合はわざとこんな恰好をしているわけだが、原理としては似たようなものだ」

 あいつも何の問題も無く行動できてるだろう。
 そういうの言葉に、そういえばそうだったとフーガは頭をかく。先天的に閉ざされているか、自ら閉ざしているかの違いは有れど、五感のうちの一つを封じている事には変わりない。
 見えないと分かっていても向けられる視線に反射的に笑みを向け、そろそろアルバフィカを引き剥がしてを人馬宮に連れて帰らねばと、フーガは当初の目的に意識を切り替えた。

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 ナナシ7様、リクエストありがとうございました。大変長らくお待たせいたしました。遅くなりまして申し訳ございません。(土下座)
 頂いたプロットのAの方で書かせていただきました。こんな感じでいかがでしょうか。プロットの中に少年聖闘士の名前が特に無かったので、ナナシ7様のお名前を使わせていただきました。ご不快でしたらすぐに差し替えさせていただきますので、ご一報ください。
 つたない作品ではありますが、受け取っていただければ幸いです。
 亀更新のサイトではありますが、これからも気長にお付き合いいただけますよう、お願い申し上げます。
 それでは。

 秋月しじま