霧と魔女は奈落を語る



 最愛の兄や兄の友人、彼らが――自身は気に入らない事実だが――仕えている少女も特異な存在ではあるが、彼もそれに負けぬほど特異だ。ボンゴレの守護者の中で最も親しい男を前にして、はふと思った。
 紅茶や茶菓子がのったテーブルを挟んで正面に座る男は、じっと己を見つめる一対の紅玉にくいっと方眉を上げる。

「聞いていますか、
「……ええ。六道の様子がおかしい、という話でしたわね」
「そうです。とは言っても、その違和感も少しずつ薄れていますが」

 ああ、本当に特異な方だ。
 ついと色違いの瞳を細めてそう言葉を続けた男に、は再び声を失い、陳腐な感想を心の中で呟いた。
 今の目前に座している彼――六道骸は、裏の世界では知らぬものがいないほど高名なボンゴレの霧の守護者である。彼は過去カウンター・マフィアとしていくつかのファミリーをつぶしており、何度も逮捕と脱獄を繰り返して今でもその本体は復讐者の牢獄の最下層の中だ。なのに、今の目の前に座っていられるのは、これまた特異な体質を持ったクローム髑髏に憑依しているからである。力を消耗するであろうにご丁寧にも実体化して。
 それほどには仲がいいという事の証ではあるが、張本人のでさえ、何故マフィア嫌いと名高い彼が、住民を守る方に力を入れているとはいえマフィアのボスであるをこれほど気に入っているのかは分かっていない。どこか兄と似た彼が純粋に親しみを抱いてくれるのは嬉しいので、さして問題とも思っていないが。
 そんな彼を前にして、はただ絶句していた。いつもならすべらかに回る舌は、全く動いてくれない。は深呼吸を何度か繰り返して、じっと答えを待っている骸を見つめた。頂点に立つものらしく表情には全く出てはいないが、内心は動揺で荒れたまま。

「冥界で何が起きているのか、貴女は知っているのでしょう」

 語尾は少しばかり上がっている。けれどそれは質問の形をとった断定でしかなく、は深く息をついた。聖域の事は超の付く機密事項だが、ここまで把握している彼に誤魔化すことは出来ないだろう。それに誤魔化して、勝手に調査され始めても困る。それすらも分かっているから、彼はここにこうして座っているのだろうが。
 翻弄するのは好きでも、されるのは嫌いなは少しばかり苛立った内面を宥めつつ、こくりと頷いた。

「はい。骸様は聖域の存在をご存知でしたわね」
「ええ、いくつか前の生では聖域に仕えていましたから」
「……」

 似合わない。そんな感情が表に出てしまったのか、骸は苦笑を浮かべる。それでも棘のある言葉が飛び出してこないのは、自分でもそう思っているからなのだろう。

「……少し前の事です。聖戦が起こりました」
「……ああ、そういえば不自然な日食がありましたね」
「はい。お兄様方の話によれば、冥王が引き起こしたものだそうです。今回の聖戦は中々の激戦だったそうで…何でもあの女が冥界に単身乗り込んで行った為に冥界で決着をつけるはめになったとか」

 いや、乙女座を連れて行ったのだったか。口にしてからそんな話を聞いたことを思い出しつつも、結局は神しか入れない領域に入ってしまったのだから単身といっても過言ではないと思い至り自己完結する。
 胸中でうんうんと頷き、湯気の立つティーカップに口をつけるの正面で、今度は骸が絶句し、目を見開く。

「それは……」
「メガミさまはなかなかに素晴らしい根性をお持ちのようですよ」

 縊り殺したくなるくらいにね。
 そんな副音声がつく台詞は、当たり前だが嫌味だ。
 教皇とメガミの所為で、最愛の兄が巻き込まれたあれやこれや思い出し機嫌が急降下する。骸はというと、自分が覚えている女神の姿との相違に顔を引きつらせていた。なんとなく、なんとなく何が起こったか解ったような気がする。

「まさか、とは思いますが……冥界で聖闘士と冥闘士が暴れたために、核兵器が落ちた後のようになっている、とか」
「まさか」
「そう、ですよね」

 いくら聖戦とはいえ、必ず死んだものが向かい、次の生へと廻るために必要な場所だ。その場所に何かあれば地上は死なないモノと行き場を失ったモノの魂で溢れかえってしまう。女神もその辺の事は理解しているだろう。
 聖闘士と冥闘士――海闘士もだが――のバカみたいな破壊力を知っているだけに、少しばかりほっとしながらも咽喉を潤そうと紅茶に口をつけ。

「アテナが冥王の本体を討った所為で冥界が崩壊しました」
「……っ!?」

 危うく吹きかけた。
 気管にに入りかけた紅茶に咳き込み、掌の向こうで呼吸を整えながらも、骸は目で嘘だろうと問いかける。

「生憎本当のことです。そのおかげで聖戦は長期の休戦、聖域・冥界・海界の間で同盟が結ばれ、壊れに壊れた三界は現在復興の真っ最中ですわ」
「では、僕が感じた六道の異変と、違和感が時が経つにつれなくなっていっているのは……」
「崩壊した冥界が急ピッチで復興されていっているから、でしょうね」

 珍しくも動揺を露にする骸を尻目に、空になったティーカップをソーサーにおろす。カチリと小さく音がなったことに僅かに目を細め、再び視線を上げると、事態を己の中で消化したらしい骸が疲れたように息をついた。
 その気持ちはよく解る。きっとが幼い頃に聞いたメガミの「馬におなりなさい!」という発言を聞いたときの心境と似たようなものなのだろう。

「まぁ、今の僕には関係」
「ないとは言い切れませんわ。現在のメガミは人間の世界でも権力を持っていますもの。たしかグラード財団と言いましたでしょうか。そこの総裁なんだとか」
「……そんな権力渡して大丈夫なんですか」
「わたくしも甚だ疑問ではありますが、かと言って口を挟む権利は持っておりませんもの。それにわたくしは自分から関わりたくなどありません」

 彼女は確かに兄を返してくれはしたが、兄の仇でもあるのだ。あちらは何とか歩み寄ろうとしているようだが、許すつもりも妥協するつもりもない。
 不機嫌を隠しもせず眉間に皺を寄せるに、彼女のブラコンぶりをよく知っている骸は苦笑と共に、これは報告すべきかと考えをめぐらせた。
 グラード財団。海外ではまだまだであるが、日本では有数の大企業で、着実に成長を遂げている企業の母体だ。近々イタリアに進出する、という話も出ていると聞いたことがある。しかもと――彼女が大変不本意であろうとも――交流があるのなら、多少なりとも“こちら”の世界にも関わってくることになるのだろう。
 ただでさえこの国はマフィアとの繋がりが強い。
 無視はできない。いや、冥界を崩壊させてしまった事を考えると、要注意といったところか。
 深々と息をつく骸。そんな彼の姿に、は瞳に同情を滲ませ、胸中でご愁傷様です、と呟いた。口にしないのは決して命が惜しいからではなく、言葉にしたら自分にもダメージがあることを知っているからだ。嫌でも彼女との交流はのほうが多い。険しくなってしまった顔に指先を当て、後ろに控えていた己の右腕が差し出す紅茶を受け取る。

「それと、ジュリアン・ソロにも気をつけてくださいませ」
「……海皇の依り代の家系でしたか」
「ええ」
「頭が痛いですね」
「本当に」

 同じタイミングで紅茶をすする音だけが、沈黙と共に横たわる。

「ところで
「はい」
「兄君が戻ってきたそうですね。よかったですね」

 珍しくも含みの無い柔らかく優しい笑みを浮かべて、骸は全身を白に包んだ少女を見つめる。
 きょとんと目を丸くしたは、頬を染め、はにかんだように笑みを浮かべて、幼い仕草ではいと頷いた。




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 燈華様、大変長らくお待たせしました。
 ボンゴレ勢が出てくる話、との事でしたが、骸ばっかりに……。しかも予想以上に骸とは仲がよくなっております。
 冥界関連の話を書こうとしたらこんな感じになりましたが、いかがでしょうか。
 拙い物ではありますが、受け取っていただければ幸いです。

 リクエスト応募ありがとうございました。冬眠中の亀のようなサイトではございますが、気長にお付き合いいただけると嬉しいです。
 これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。

 秋月しじま