瞳に映した愛しき君は、



 年は一つ二つ下だろうか。発育の具合から見て、そう年は離れてはいまい。やはりウンディーネはこの世界に、三年とはなれずに生まれてきていた。その事実には深く安堵すると同時に、軽蔑の眼差しで聖域を蔽うアテナの結界を見つめた。
 神代の時代に結ばれた誓約は立会人に創造主たるカオスを置いた、とても神聖なものだ。シルフたるを筆頭に、この世に存在する元素の王達が本来膝を着き、頭を垂れるべき相手。それが創造主カオスである。当然、三界でドンパチ戦争を繰り返している神々よりもその神格は高い。そのカオスに仕える元素の王たちも、カオスを守る戦士であるとはいえ、神格で言えば4、5世代目にあたるアテナとは比べ物にならない。そんな相手と交わした約を、地上の守護者たるアテナは反故にしたのだ。許せるものではない。何よりも、唯一無二の伴侶を奪われた事が、の怒りをより濃いものにしていた。
 するりと、アテナの結界をすり抜ける。誓約を破った女神の結界は、何の抵抗も無くの身を通した。ふわふわと風に乗ったまま、ウンディーネの魂が発する水の香に誘われるように、聖域の中を移動する。途中、雑兵や聖闘士を見つけたが、自身が見つかる事は無かった。普通の人間に毛が生えた程度の小宇宙しか持たぬものに、最上位に近い神格を持ったシルフを見つけられるはずも無い。喉の奥で面白そうに笑っていたは、ふと見下ろした視線の先に伴侶の魂を持つものを見つけ顔を輝かせる。が、次の瞬間には驚愕に表情を凍らせた。
 緩やかに波打つ青銀色の髪、宝玉のような瑠璃色の瞳、柔らかそうな白磁の肌。ギリシャ彫刻のような彫の深い繊細な美貌。今はまだ幼いが、成長すればさぞ美しい者となるだろう。将来が楽しみだ。
 だが、だがあれは……。

「アテナ……!」

 低く、唸るように、この地の統率者の名を呟く。それは呪詛にも等しい暗さだった。叫びだしたい衝動を覚えながらも、の視線はウンディーネから離れない。
 美しき水の乙女ウンディーネ。けれども、その身は、海皇の齎す海の加護と戦女神の星の加護が複雑に絡み合い、まるで囚人のように拘束されていた。海皇はまだいい。シルフもウンディーネも、カオスの臣とはいえ今は海皇に仕える身だ。海の加護も、水を司るウンディーネにとって利が有りこそすれ、その身に負担になる事は無い。だがあれは、アテナの星の加護は、最早加護というには過ぎるほど醜悪な鎖となっていた。
 二柱の神の力が重なり合い、それは重い重い圧力となって、その魂へとのしかかる。ただの人間であれば、その重圧に耐え切れず発狂していただろう。正気を保っていられるのは、偏に、あの子供がウンディーネの魂を持っているが故だった。だがそれは負担にならないという事ではない。負担は確実にかかっている。その身に、その魂に、その心に。
 しかもあの星は。

「よりにもよって双子座とは……だが影星。不幸中の幸いと言った所か」

 にしても厄介な事に変わりはない。双子座は必ず、その名の通り双子でこの世に生を受けたものがその地位へとつく。そしてどちらが片方が影星として添うのだ。彼らの結びつきは外のどの強大よりも強い。その愛情も、憎悪も。
 連れて行くことは難しいかもしれない。アテナの星の加護はどうにかなるが、肉親の情までは断ち切れはしない。他人が言ってどうこうなるものか。まして、ウンディーネとしての覚醒もまだの、幼いだけの子供だ。

「ぅあーっ! 本っ当にもう余計な事ばっかしやがってあの小娘が!! ……機会が有ったらいびり倒してやる」

 くつくつと、喉の奥で笑う。鬱金の目は完全に据わっており、幼い子供が見たら泣き出しそうな形相をしていた。
 それでも放すことの無かった視線の先で、ウンディーネの転生者が心地のよい日差しの中であくびをしていた。緑の絨毯の上にぺたりと座り込み、先ほどのあくびで滲んだ涙を小さな拳で拭っている様は子猫を思わせる可愛らしさだ。の頬も自然と緩む。
 ウンディーネ。愛しい伴侶。今生で初めて見える最愛の半神。この世界に戻ってくる前から焦がれ続けた存在に、後から後から愛しさが湧き出て止まらなかった。触れて、息が止まるほどきつく抱きしめて、口付けて、全てでその存在を感じたい。そしてあの声で、名を呼んで欲しい。

「でも、今はまだ……」

 時ではない。触れることはおろか、会うことすらできない。不用意に接触すれば聖域側に知られ、奥深くに隠されてしまうだろう。最悪、殺されてしまう。ウンディーネに危害が及ばぬよう、細心の注意を払わねば。

「いつか必ず迎えに来る。だから、どうかそれまで、待っていてくれ」

 聞こえぬと分かっていながらも呟いて、風を巻き起こす。
 耳元を撫でた風に、子供の瑠璃色の瞳が見開かれ、一瞬前までがいた場所をじっと見上げた。




 やっと出てきました。でも存在だけ。名前も何も出てこなかったカノンちゃん。
 散々乙女だの伴侶だの言ってますが、現時点ではちゃんと男の子ですからね! 完璧に女体にしてもいいんですけど、それだと色々と弊害が出てきますので、海界に戻るまでは男の子のままです。
 そんでもって君。抱きしめたいとか何とか言ってますが、この人まだ外見七歳児です。中身は20歳+αですけど。そんでカノンは一つ年下です。
 さっさと会わせてあげたいのですが、接触はもうちょっと後です。

 それにしても白の魔女でもこの話を書いてても思ったのですが、秋月はどうやらあまり沙織さんが好きではないようです。(あえてアテナと言わないのはサーシャが好きだから)
 これから苛められる事が決定しましたです、はい。

 次回はカノンちゃんの視点からいきたいと思います。頑張ります。