地獄の特訓Xプラン
「お願いします、どうか」
「私からも、お願いします。先生」
「わしからもお願いいたします、先生。あの子供達を、目覚めさせてやってはくれませぬか」
この聖域を治める、小さな戦女神と最年長――というかむしろもう妖怪――二人組みが深々と頭を下げる。射手座の青年も、黙って頭を垂れた。
彼女達の後ろで馬鹿みたいに口と目を開けっぴろげにしている黄金聖闘士どものアホ面は大変笑えるものがあったが、心優しい少女と、遥かいにしえの縁を結ぶ二人に流石にそれはまずかろうと、真面目くさった顔で必死とも言える嘆願を聞く。
そんなことも知らず真っ直ぐな瞳を向けてくる四人に、は口角をニッと吊り上げ、酷く頼もしげな、強気な笑顔を見せた。
「言われなくても。私はあの子達の母親ですからね。このまま放って置けるわけがないじゃない」
「では……!」
「ええ、すぐにでもあの寝坊助たちを叩き起こしましょう。さしあたり……」
「何か必要なものでも?」
小首を傾げる可愛らしい女神に、は真面目腐ってコックリと頷いた。
そして、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「丈夫なフライパンとおたま、用意してくださいます?」
「げっ!」
「うっ!?」
「はぁ……?」
示された道具に、シオンと童虎は呻き、女神とその他大勢は心底不思議そうな顔をして。
だけが、場違いなほどにご機嫌だった。
「うんうん、いい感じ」
軽くフライパンとおたまをふり、裏同士を触れ合わせて、鼻歌でも歌いだしそうな様子のに、女神は相も変わらず首を傾げる。
その様子にすぐにわかると返し、耳をふさいでおくようにと忠告をした。
「耳を、ですか?」
「はい、女神。そのままだとかーなーり、耳が痛くなると思いますので。そこであーやって耳塞ぎながらガタブル震えてる(妖怪)二人組みみたいに、掌で耳を塞いでくださいね」
「わかりました」
聞こえてないが故の含みのある言葉で元ちびっ子どもをけなしつつ言うに、女神も素直に頷く。
しかし何故、彼らを起こすだけだというのに、シオンと童虎があんなにも怖がっているのかが不思議だった。
もちろんその事に気付いていたは、半ば問答無用の妙に迫力のある笑みを浮かべた。
「ああ、女神。あいつらの事はお気になさらず。ちょーっと過去を思い出しているだけですので」
「ええと、それは、もしかして」
「トラウマってやつですよ、所謂」
あの二人が怯えてるって、あんた一体何したんだ。大丈夫か、サガたち。
女神を筆頭に、冷や汗を浮かべた黄金聖闘士どもの視線がに突き刺さる。けれどは、これっぽっちも拘らなかった。そんな必要はミトコンドリアほども感じない。
「それじゃ、はじめます。はい皆さん耳塞いでー」
間延びした号令の元に、恐ろしげなものを見る目でとご長寿二人を交互に見つめていた全員が一様に耳を塞ぐ。
は背後を確認する事も無く、両手に持ったフライパンとおたまを掲げ。
がんがんがんがんがんがんがんがん!!!!!
打ち鳴らした。
どういう仕組みでか、耳をふさいでいてもおっそろしいほどに金属の衝突音は鼓膜を震わせて脳を揺さぶり、サガ、アフロディーテ、デスマスクの眠っている女神神殿の中へと広がっていく。
女神を筆頭にその他の黄金聖闘士どもはあまりの音に悶えていたのだが、シオンと童虎はあまりにも懐かしく強烈に恐怖を運んでくるその音に目に涙を浮かべ、ビクゥッと肩を震わせた。
この音の後には、必ずあの台詞が待っているのだ。多分、おそらくは、絶対に。そうじゃなかったらいいなーという希望も無きにしも非ずだが。
この時点で既に、いままでぴくりとも動かなかったサガ達のまぶたが僅かに震えたのだが、誰も気付いていない。を発生源とした音が凄すぎて。
そして音がやみ、すうと、息を一杯に吸い込む音が聞こえた。
長老組みは既に半べそ状態である。
「とっとと起きんかこの寝坊助ども! もう太陽は空高ーく上ってんのよ!? さぁ後一分以内に起きなさい、いいや、今すぐ起きろ! できなかったら」
びりびりと響いていた怒声が、一瞬にして地を這う。
「今日の修行は地獄の特訓Xプランで行きましょうか?」
Xって何。
くわんくわんと揺れる頭を抱えながらそう思ったとき、光速すらも突き破る速さで、昏睡状態よりも深い眠りの中にあったはずの三人ががばりと身を起こした。
例外なくその瞳には涙の膜が張られ、その顔はちょっとした恐怖に歪んでいた。
「すみません今起きます、様!」
「ごめん母さん…い、いや、お師匠! すぐ起きるからそれだけは勘弁してください!!」
「母様っ! 起きる、起きますから、え、Xプランだけは嫌だ〜〜〜〜〜〜!!!」
「先生……えっくす、えっくすだけは……!」
「嫌じゃ、Xだけはいやじゃ……!」
え、何その反応。
お前らさっきまで半死人だったって嘘だろ。
若干、カタカタプルプル震えながらマジ泣きしている関係ない人間が二名ほどいるが、そろいに揃って同じような反応を示し、そのあまりの恐れ戦きっぷりに愕然とした。これがあの十三年間の闇の中をを乗り切った内の三人とは、とてもではないが思えない。
というか、彼らを、そして長老二人組みをそこまで怯えさせる『地獄の特訓Xプラン』が非常に気になった。怖いもの見たさである。だがしかし、何だか怖い結果が待っているような気がして、誰も口を開けない。が、そこへ一人の勇者――という名のおばか――が現れた。
「はーい、様!」
「何ですか、ミロ君」
「地獄の特訓Xプランってどんなのですか?」
ミロ……! バカだバカだと思っていたがそこまでとは……!
己の親友のあまりの考えなしな行動に、カミュは心の中で叫んだ。絶叫した。今にも泣き出さんばかりのほろ苦さで。
そんな友の心も露知らず、好奇心満々なミロに、はにっこりイイ笑顔を満面に浮かべた。そう、輝かんばかりの。
「そうねー」
言いながら、つかつかとミロへと歩み寄り、がっしりと襟首を掴む。
「へ?」
「口じゃ何とも説明しづらいし、女神もショックだろうし? 実践してあげるわせっかくだから」
いやー、久々に腕が鳴るわ。
ちょ、女神がショックって何それ!?
裏に黒さが垣間見えるはちきれんばかりの満面の笑みを浮かべるに、ミロの抗議は届かない。むしろ暴れる彼をもものともしない。
そんな彼女につかまってはたまらないとばかりに、小さなモーセの十戒を作る聖闘士。カミュですらも今のサドっ気溢れる彼女にはかかわりたくないとばかりに目をそむける。
が、しかし。現実はそう甘くは無く。
「どうせだから親友君も一緒にご招待」
言葉と共に、がっしりとその襟首を、空いているほうの手で掴まれた。
カミュは己の技にかかってしまったが如く、ぴきんと固まる。
ずるずる引きずられていく彼らのバックには、きっとドナドナがどうしようもない哀愁と共に流れていたに違いない。
|