お揃いの・・・



 その日、カノンは鏡を見つめていた。
 いつにないくらい、それはもうじーーーーーっと。
 いくら鏡を覗いてもそこに見えるのは、双子の兄であるサガと、気持ちが悪いほどそっくり同じ顔である。
 しかしながら、問題はそんな事ではない。
 一番の問題は、顔にあるパーツの一部分のみであった。他の人にとってはなんでもない、けれど幼いカノンにとってはそれはもう重大な一部分。
 眉間に皺を寄せ、愛らしい顔立ちで精一杯難しい顔をして、長々と鏡と睨めっこ。
 カノンはその小さな拳を、何かを決意するようにぐうっと握った。




「カ、カノンちゃん……」

 つりあがりそうになる唇を必死に引き結び、それでも気を抜けば崩れてしまいそうな表情に頬をぴくぴくと痙攣させて、は己の天使の名を呼んだ。
 じっと鏡に向かって、なにやらぐりぐりと手を動かしていたカノンは、大好きな人の声に満面の笑みを浮かべて即座に振り返った。気配で、といえないのは、癖なのか何なのかは分からないが、の気配は普段からやけに薄く、分かりにくいからだ。

「お帰りなさい、!」

 いつものようにキラキラとした笑顔で、至極嬉しそうに駆け寄ってくる。
 しかしながら、その顔には普段にはありえないものが書かれていた。眉毛の上。おでこの中間辺りに青い丸。その手には同色のクレヨンが握られていた。
 はその姿に別の意味で笑ってしまいそうになり、必死にいつもの笑顔の形を作った。

「ただいま、カノンちゃん……何、やってたの?」

 ああ、噴出してしまいそうである。声が震えていないのが不思議なくらいだ。

「まゆげかいてたの!」

 ぶほっ。
 青く汚れた手を元気一杯に挙げて宣言するカノンに、はついに我慢できず噴出した。しかしここで爆笑してはカノンちゃんが傷ついてしまうという理性が強烈に働き、ひたすらに声をこらえて身を縮めた。
 ぷるぷると震えるを前に、カノンは不思議そうな表情を浮かべ、小首を傾げる。
 そうしてひたすら――的に密かに――笑った後、ぱんと頬を叩いて、顔を上げた。
 極力、眉の上にあるちょんちょんを気にしないようにして、笑みと共に小首を傾げる。

「カノンちゃん、なんで、眉毛なんて書こうと思ったの? カノンちゃんにはこーんなにかわいい眉毛があるのに」
「カノンかわいくないもん」
「うん、そうだね、かっこいいねー」
「うん! でねでね、とおそろいにしたかったの!」
「眉毛を?」
「まゆげを!」

 得意げに頷く幼子に、は心の底から感動した。嬉しさのあまり宇宙にでも飛び上がれるんじゃないかというくらい感激した。きっと今ならシオンとのガチンコ勝負でさえ勝てるに違いない。
 しかしながら哀しくもあり、超絶的に複雑な心境でもあった。
 だって、の可愛い可愛い、目に入れても痛くないほど猫かわいがりしている天使が真似しようとしているのは、知る人ぞ知るジャミール一族特有の、あの麻呂眉である。民族の習慣であるとはいえ、そのまま外に出るには少ーしばかり、いや、かーなーり抵抗を覚える、日本では昔の貴族の間でしか行われていなかったあの。
 正直言って、生来の眉毛が残っている事を抜きにしても、彼の天使には似合っていなかった。というか、似合っている似合っていないにかかわらず、何とかして止めなければ。
 しかしながら、と一緒がいいと言い張るだろうカノンにどうすんべ、と彼の天使を抱きしめて髪を撫でつつ思案に暮れ、ふと視界の端に映った鏡台に、心の中でぽんと手をうった。
 お揃いがいいというのなら、お揃いにしてしまえばいいのだ。が。

「カノンちゃん、カノンちゃん、ちょーっと待っててくれる?」
「? いいよ」

 ことりと大きな頭を傾げて頷くカノンの可愛らしさにくらくらしながら、はいそいそと鏡台に腰掛け、メイク落しシートを手に取った。それでぐいぐいと現在描かれてある麻呂眉を落し、引き出しの中から一本のアイブロウペンシルをとりだした。
 そしてぐりぐりと描く事数分。くるりとカノンを振り返ったの瞳の上には、カノンと同じ形をした、いわゆる『普通の眉毛』があった。
 カノンはぱちくりと瞬く。

「カノンちゃん、似合う?」
「……うんっ!」

 白い頬を紅潮させ、碧の瞳をキラキラと輝かせて、自分と「お揃い」になった大好きな人に大きく首を縦に振った。
 はにこりと満面の笑みを浮かべ、カノンの愛らしさにめろめろになりながらも、ほっと胸を撫で下ろした。これでもう麻呂眉にしたいなどと言い出すまい。
 そして上機嫌な様子で抱きついてくるカノンを抱き上げ、手と顔を洗おうねーと言いながら、天使のその小さな手から青いクレヨンをそっと取り上げた。



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 そんでこの後彼はふつーの眉毛で日々を過ごすようになります。
 んでシオンがつっこむんですよ。

「なんじゃその眉は!?」
「何って、描いたんですよ。見りゃわかんでしょう」
「そうではない! いったい何故……!?」
「聞いてくださいよシオン! 昨日白羊宮に帰ったら、カノンちゃんが青いクレヨンを持って一生懸命あの可愛らしいおでこに麻呂眉を描いてたんですよ! 思わず笑って、いや声は出さなかったけどっ、どうしたのか聞いたらカノンちゃんはオレとお揃いがいいって……! んもー、嬉しくて嬉しくてきっとあの時聖戦が始まっても、余裕で冥王でも海皇でもぶっ飛ばせましたよ、ホント! で、流石にカノンちゃんの麻呂眉は見たくなかったんで、オレがカノンちゃんに合わせてみました!!」
「あ、合わせてみましたってお主、ジャミールの民の誇りはどうした!?」
「そんなもんカノンちゃんと比べたらぺんぺん草以下の存在です」
「ああ、何で余はこやつとあの子供を出会わせてしまったのか……!」
「運命です」(どきっぱり)

 ってな感じで。
 これ以降、の眉は麻呂だったり普通だったり。(後者の方が圧倒的に多し)