魔女×霧×大空+黄



 あの骸が心底優しい笑みを浮かべている。
 それは衝撃だった。思わず顎の骨が外れて、そこから魂が飛び出していってしまうのではないかというほど。
 しかもその笑みを見せている相手というのが、マフィアの世界でも有名な女ボス、ドンナ・ビアンコだというのだから尚更。一応、あのダメ親父たる家光との取引があったからだが、ボンゴレの霧の守護者を引き受けてくれているとはいえ、六道骸はいまでも大のマフィア嫌いだ。嫌いというか嫌悪というか憎悪というか、とにかく負の感情を抱いている。それは十年前から変わらない。
 だというのに。
 だというのに、である。
 このマフィアばっかりのパーティをクローム髑髏に任せず出席するというだけでも驚いたというのに、優しそうな――いや、綱吉の直感があれは本物だと告げている――笑みを浮かべて談笑している。繰り返すがドンナ・ビアンコと。ビアンコファミリーの女ボスと。
 綱吉は我が目を疑わずにはいられなかった。

「……ねぇ、リボーン」
「何が言いたいかは分かるが一応聞いてやる。何だ」
「あれ、幻術」
「だったらオメェの直感で分かるだろうが、ダメツナ」
「ああ、うん、そうだね、そうだよね、やっぱりアレ現実なんだよね。……嘘だ」
「事実だ。認めやがれダメツナが」
「……っだって! あの人すっごい優しげで儚い系の美人でもマフィアなんだよ!? しかもボンゴレと張るくらい歴史のあるファミリーのボスなんだよ!? そんで骸は大のマフィア嫌いで……やっぱり幻じゃぁ…デッ!!!」
「ねぇっつってんだろ。大声出すなダメツナ。だからオメェはいつまでたってもダメツナなんだ。ダメツナ」

 白銀の髪を高く結い上げ、白いドレスに身を包んだ女性と己の霧の守護者が談笑する様を凝視しながら、それでもその光景を認められない綱吉を、リボーンが蹴り倒しながら罵る。
 彼らの関係を知らない者たちはその様子をぎょっとしたように見るが、彼らの周囲でさりげなく護衛している者たちにとっては日常茶飯事で、またやっていると微笑ましそうな視線で一撫でして目をそらすだけだ。しかしながら二人の会話内容をしっかり聞いていた彼らは、常日頃の如く元家庭教師にやり込められているボスの意見に全面的に賛成だった。もしかしたらボスの元家庭教師も内心ではそう思っているかもしれない。表には全く出していないだけで。だってそれほどまでに衝撃的だったのだ。マフィア嫌いを公言して憚らない霧の守護者・六道骸が、由緒正しいマフィアと呼ばれるファミリーの女ボスと談笑しているという光景は。しかも一切邪気の無い笑みで。
 そんな世にも珍しいというか、一生に一度見られたら奇跡的な感じの純粋な笑みを、彼らは初めて目にしていた。十年の付き合いがある綱吉ですら、見たことの無い笑み。
 いや、別に向けて欲しいわけではないけれど。あいつのボスはオレだよなぁ。一応。…多分。……きっと。
 上から下まで黒一色のヒットマンの強烈な蹴りに身悶えながらも、綱吉はそんな事を考える。彼の心を読んでしまったリボーンは、もう一度ダメツナが、と毒づいた。
 なにをどうしたって、目の前で起きている『六道骸とドンナ・ビアンコの談笑』という現象は現実に起こりえていることなのだ。かの霧の守護者のお得意な幻術でも何でもなく。
 そりゃあリボーンだって最初は驚いた。上機嫌でパーティに出席すると宣言した六道骸にも、今現実に起こっている現象にもだ。獄寺だって顎が外れんばかりにあんぐりと口をあけていたし、あの天然の山本だって絶句していた。というか、六道骸を知っている人間は獄寺や山本や、今リボーンの隣で蹴られた場所を抱えて唸っているボスと皆似たり寄ったりな反応だった。現在進行形で。
 事実だ、と。半ば己に言い聞かせるように口に出して、リボーンはボルサリーノをついと引き下げた。






 くすくすと、鈴が転がるような声では笑った。
 会場の空気が暖かすぎるからか、笑いすぎてか、白くまろい頬は薄らと赤みを帯びている。少女と女の狭間にある独特の色気をまとう彼女は美しくも愛らしく、骸は笑みを深めた。

「クフフ、ご機嫌ですね、
「だって、面白くって。ドン・ボンゴレのあの顔っていったら!」
「まぁ、確かに」

 愕然とした表情で骸とを凝視している、一応上司をちらりと見て、骸は肩をすくめる。その口元は面白そうに弧を描いていた。それはよく見ていないと分からないような小さな変化ではあったが、は目ざとく見つけ、にっこりと笑みを浮かべる。先ほどから彼女を襲っていた発作のような笑いは、あっさりと姿を消していた。

「ふふ、ボンゴレの霧の守護者の前では失礼でしたかしら?」
「まさか。分かっているのに、意地の悪い人ですね」
「あら、骸様ほどではありませんわ」

 くすくすと、二人はまた笑いあう。言葉だけを取れば棘のありそうな会話だが、その口調も表情も柔らかく、彼らの間に流れる空気は猫がじゃれあうかのような暖かいものだ。
 普段の彼ら――主に霧の守護者の方だ――を知っている者たちは何だか見てはならないものを見たかのような心持ちで、否応なしに釘付けにされていた視線を無理やり引き剥がして視線をそらした。その心は寸分のずれもなく、何だアレ、誰だアレ、六道骸? うっそだー! である。
 六道骸という男がどう思われているのか、如実に分かる内容である。

「でもまさか、これほどまでに驚かれるとは思ってもみませんでしたわ。骸様、もしかしなくても、わたくしと交流があることをドン・ボンゴレには教えていらっしゃらない?」
「ええ、全く。そもそも僕が彼の前に現れることすら稀ですからね。クロームは僕のプライベートを許可も無く口にする子ではありませんし」
「あの女のことは?」
「それは一応報告しておきましたよ、クロームを通して、ですが」
「あら、ご自分では仰らなかったのね」
「あなたとお茶をした後で彼の顔を見たくはありませんでしたからね。逆ならば喜んで顔を出しますが」
「ならば、また空いた時間にでもいらっしゃいませ。事前に連絡をいただければ、美味しいお茶請けを用意してお待ちしておりますわ」
「それは楽しみですね。時間が作れたときは是非」
「はい」

 互いに気に入っている相手と次の約束を取り付けて、笑みを交わす。
 彼らの周囲にいた者たちはどこか甘さの漂う会話にどよめきながら、ちらちらと二人の様子を窺っていた。離れた場所から二人の様子を窺っている綱吉も、会話は聞こえていなくても何かを感じ取ったのか、二人に向けている視線をゆらゆらと泳がせていて、挙動不審なことこの上ない。
 会場の真ん中を陣取って会話をしているわけではないのに、彼らは共にいるだけで注目の的だった。
 好奇の視線を浴びながら、骸は面白そうに目を細める。

「…よろしいんですか?」
「ええ、最近煩い虫が多くて困っておりましたの」
「おや、僕は虫除けですか。まぁ、貴女に頼りにされるというのは悪い気はしませんが、あまり良い評判は立たないと思いますよ」
「構いませんわ。そんなことで我がビアンコファミリーは揺らぎませんもの」
「たいした自信ですね」
「だてに十三年、治めてきたわけではありませんわ」

 つんと顎を上げて、不敵な表情で、は骸を見上げる。最上級のルビーのような緋色の瞳は自信と誇りにキラキラと輝いており、しゃんと背筋の伸びた立ち姿は神聖で。
 白の女神。
 彼女をボスと仰ぐファミリーの人間が敬愛をこめて呼ぶ言葉を、ふと思わせる姿だった。骸にとって彼女は、似たような痛みを持つ同属、心情的には妹でしかないが、白の女神と呼ばれる訳は理解できた気がした。同時に、その姿が敵対組織にとっては魔女と称される訳も。

「クフフフフ、いいでしょう。しばらくは虫除けにでも殺虫剤にでもなってさしあげますよ」
「ありがとうございます、骸様。ではさっそく、わたくしをドン・ボンゴレに紹介しては下さらない?」
「おや、まだ挨拶していなかったのですか?」
「ええ。このパーティに骸様が参加なさっていると聞いて、思わず真っ先にあなたの所に来てしまったのですもの」
「それはそれは、光栄ですね。ではエスコートさせていただきましょう、レディ」
「お願いしますわ、ミスター」

 差し出される大きな手に、白くほっそりとした手を預けて、は花のように微笑んだ。






「え、うわ、こっち来るよ……!」
「ドンナ・ビアンコとはまだ挨拶していなかったからな。おい、ダメツナ。無様な姿見せたら承知しねーぞ」
「わ、わかってるよ! 彼女のファミリーを同盟入れた方がいいってことも。……でも、なんか、自信ない」
「やれ」

 どこからも見えない角度で、リボーンは弱音を吐く綱吉に銃を突きつける。
 スーツ越しに触れた冷たい銃口にがくがくと頷きながらも、綱吉は胸中で「できるかなぁ」と呟いた。だって相手は骸と同等にやりあう人物である。実力の程は未知数だが、口と頭の回転がとてつもなく早い人物であろうことは容易に想像がつく。だがやらなければ体のどこかに風穴が開くかもしれないわけで……。
 そう考えている間にも、骸と、彼に手を引かれた女性は近づいてくる。綱吉はぐっと腹に力を入れた。

「ボンゴレ、彼女は嬢。ご存知でしょうが、ビアンコファミリーの8代目ボスです」
「お初にお目にかかりますわ、ドン・ボンゴレ。と申します。骸様とは仲良くさせていただいております」

 そう言って淑女の礼をした彼女は、本当に美しく愛らしい人だった。白く抜けるような肌に、薄らと薔薇色に染まった頬。絹のような白銀の髪に、同色の長いまつげに縁取られた宝石のようにきらきらと光る緋色の瞳。形のよい淡い色の唇、スッキリと通った鼻筋。それらがバランスよく配置された卵形の顔は小さい。細くすらりとした体躯はしなやかな若木を思わせ、しゃんと伸びた姿勢はどこか神聖なものが漂っていた。
 その姿だけではなく雰囲気の優美さにも目を奪われていた綱吉は、護衛のはずの少年に銃を突きつけられた感触ではっと我に返り、出来るだけ自然に見えるように笑みを浮かべた。

「初めまして、ドンナ・ビアンコ。沢田綱吉と申します。お会いできて光栄です」
「まぁ、それはわたくしの台詞ですわ。ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。このような場所では滅多に見ない人を見つけてしまったものですから、つい」
「いえ、お気になさらず」

 恥らう姿も愛らしい。自分よりもいくつか年下らしい女性の仕草に思わず相好を崩しながらも、彼女をエスコートしてきた己の霧の守護者をちらりと見やる。彼の表情は先ほどまで彼女に向けていたものとは違い、普段の綱吉がよく知る読めない笑みへと変わっていた。けれど、どこか喜色が見て取れる。よほど彼女といられる事が嬉しいらしい。そしてこの女性の反応を見る限り、まんざらでもないように見える。やはりそういう関係なのだろうか。

「それにしても驚きました。まさか骸が貴女と知り合いだったとは知らなかったものですから」
「そのようですわね。わたくしもてっきり骸様が話しているものと思っておりました」

 にっこりと、が笑う。それに笑みを返しながらも、何故だか刺を感じて、あれ、と内心首を傾げた。
 しかしながら気の所為だとかすかな違和感を流し、会話を続ける。
 かすかな違和感を流してしまった己の元生徒に、リボーンは再びダメツナがと内心で呟き、眉間に皺を寄せた。彼がかすかに感じた刺のようなもの。それは違和感でも何でもなく、遠まわしに嫌味を言われたのだ。己の部下の動向も把握できていないのか、と。
 その証拠に骸が至極楽しそうに二人のやり取りを見ている。の隣に立った骸は、じっと己を見る漆黒のヒットマンの視線の意図に気付くと、正解と言うかのような笑みを向けた。リボーンはぴくりと眉を動かし、白い女へと視線を戻す。綺麗な花には刺があるというのを、体現しているかのような女だと思った。

「同盟を……確かにそれは悪い話ではありませんわね」
「ええ、損はさせません」
「わかりました。検討の後、返事をさせていただきますわ」
「いい返答を期待しています」

 会話が終わり、笑みと握手が交わされる。綱吉が握った女性の手は白くほっそりとしていて柔らかく、とてもマフィアのボスをしているなどとは思えなかった。ドキリと、一瞬鼓動が跳ねる。
 丁度そのタイミングでワルツの曲がかかる。その一瞬後に腰の辺りに銃口を感じ、元家庭教師の突き刺さるような視線を感じた。痛い、というか怖い。これは踊ってこいということだろう、多分。
 と骸はその見えないところのやり取りを正確に把握し、浮かべられた笑顔の仮面の裏で盛大に笑わせてもらっていた。やり手と噂される天下のボンゴレのボスが、一回り下の少年にいいように扱われている。見ている分には、この上なく面白い見世物である。

「踊っていただけますか、レディ」
「ええ、喜んで」

 笑顔の裏で大爆笑していた事を微塵も感じさせず、はドン・ボンゴレの申し出に優雅に頷く。
 ホールの中央へと向かう二人を見送りながら、リボーンはため息を吐き、骸は読めない笑みを浮かべた。






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 えー、思いついたんで打ってみました。……なんで思いついたんだっけか?
 何だかもう色々と打っているうちに忘れましたが、うん、思いついたからですね。それ以外ないですよね、きっかけは忘れてますが。

 今回薄らと、骸さんが何故嬢を気に入っているのかが分かってきました。もう少し掘り下げたらまたなんか出てきそうですね。
 そうこうしている内にと骸の出会いとかも思い浮かんできたので、時間があったらまた書いていきたいと思います。
 そうそう、これは綱吉夢ではありません。ええ、断固違います!
 ……骸夢でもありませんよ、多分。だって互いに兄に似てるのと、妹認識だから。
 ………骸さん虫除けにしてますけど。